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なぜメディアにダイバーシティが必要か-表現と組織の問題から考える-

報道業界や社会の未来を支える人材を育てるために4月に開催されたデジタル時代のニューススキルを育む講座シリーズ。4月15日のセッションでは、NHK解説委員の山本恵子さんにメディアとダイバーシティがどう変化し、さらにどう変わっていくべきかについて聞きました。

スピーカー:山本恵子(NHK解説委員(ジェンダー・男女共同参画担当)、
NHK名古屋拠点放送局 コンテンツセンター チーフ・リード)
モデレーター:浜田敬子(ジャーナリスト、D-JEDI代表)

当日の動画はこちら

90年代の無関心から00年代へ

管理職&ジェンダー担当解説委員

浜田:
このテーマで山本さんをお招きした理由は2つの立場から語って欲しかったからです。まずNHKの報道分野の女性管理職であり、ジェンダー担当の解説委員として。もう1つは、20年以上前に始められたメディアの女性たちを繋げるネットワーク「薔薇棘」主宰者として。

後者ではメディアの中で少数派だった女性たちを繋げるネットワークによって、知見やスキルや経験を共有して互いに励まし合う、そんな活動を継続してこられました。

山本:
NHK名古屋放送局の報道部門の管理職で、2年前から解説委員でジェンダーと男女共同参画担当を兼務しています。

1995年にNHKに入り、初任地の金沢で警察、市政、それから小松報道室で航空自衛隊小松基地を担当してから社会部に上がりました。1年間警視庁を担当した間には、未だに解決していない世田谷一家殺人事件も起きました。

その後、文部科学省担当や遊軍として番組に携わり、名古屋局や国際放送「NHKワールドJAPAN」を経て、管理職として名古屋に戻りました。現在はデスクと夕方の番組の編集長を務めながら、解説委員として番組に出ることもあります。高校生になった娘が1人います。

報道の一線で子育て経験ある女性管理職は少数

浜田:
特に社会部に女性が少ない時代に、子育てとの両立には相当苦労されたと思います。今はだいぶ状況は変わりましたよね。

山本:
そうですね、NHK全体で女性が増え、新入社員の割合は大体、男女半々です。女性記者の割合も増えているものの、記者職では女性は約2割で、管理職になるとさらに少なくて1割です。記者は転勤があり、24時間の仕事です。選挙や災害報道がある中で子育てしながら管理職にまでなる女性は少ない。ようやく少しずつ出てきましたが、それでも少数です。

少子化は働く女性のせいなのか?

浜田:
なぜ山本さんはジェンダー問題に関心を持つようになったのでしょうか?

山本:
初任地の金沢では、警察も担当しましたが、女性が少ないことが当たり前すぎて、逆に女性ということを意識していませんでした。記者だけでなく、取材先の警察や議会、自衛隊、全て男性しかいなかったので、自分が女性だという認識が薄かったと思います。セクハラもありましたが、それも当たり前だったので、この頃は問題意識が低かったです。

2000年に東京の社会部に異動になった頃、少子化が社会問題化しました。ジェンダー問題に関心を持つようになったのは、その頃だったと思います。

当時、「働く女性が増えたから少子化になった」という議論がされていて、30代だった私はその報道を見たときに強烈な違和感を覚えました。「これは女性のせいなのか?働く女性のせいではなくて、24時間働けますか?という働き方がいけないのではないか?」と。

こんな長時間労働では、出産どころか、結婚や交際すらできないのに、働く環境の方ではなく、女性が働くことを問題だとする報道に対して声を上げなかったら、このまま働く女性のせいにされてしまうと危機感を持ちました。

それまで女性の問題を取材しようと思ったことは無かったんですが、そのとき初めて「自分が声を上げないと、当事者の声が正しく取り上げられない」と意識しました。

浜田:
私も同じ世代なので共感します。私は1999年にAERAに異動しましたが、それまで週刊朝日で政治や事件を取材していて、女性の問題については取材したことがありませんでした。それがニュースになるとも実は思ってもいなかったんです。

山本:
デスクに企画を提案しても「それニュースなの?」と突き返されていましたよね。

浜田:
AERAでは、1998年ぐらいから女性に関する報道に力を入れていたんですが、当時一つ上の女性の先輩が4人編集部にいて「私たちが読みたいニュースはこれだ」と提案していました。その結果、AERAの報道内容が変わっていき、結果的に部数が伸びていました。

さて、今日のテーマは大きく2つあります。前半では社会におけるジェンダーに関する価値観や意識の変化に伴って、報道する際やコンテンツを作る上で表現を変えていかなければならない中で、具体的にどう変えていけばいいのかについて議論します。後半は「メディアの組織の中のダイバーシティがどこまで進んでいるのか」についてお話いただきます。

ジェンダーの視点から報道や表現はどう変化したか

女性が直面する課題はニュースとして出せない

浜田:
それでは1つ目のテーマからいきましょう。そもそもニュースとは何かという価値基準が時代とともに変わってきたということ。NHKではどのような議論を経て、女性の視点がニュースに取り入れられるようになったのでしょう。

山本:
2000年ごろ、社会部で少子化や働き方、ワークライフバランスについて報じたいと男性デスクに提案したことがありました。今でもすごく覚えているんですが、そのとき、「働きたくない奴の話を取り上げてどうすんだ?おまえ、馬鹿か?」と言われたんですよ。

男性は外で働き、女性は家事・育児という当時の常識と違うことを取り上げようとすると、理解を得られずニュースとして出せないという「デスクの壁」にぶち当たりました。

女性が課題に感じていること、待機児童の問題などを提案しても、当時のNHKでは専業主婦の妻に育児は任せっぱなしという男性ばかりで、保育園に子どもが入れないと女性が働けないことの何が問題なのか分かってもらえませんでした。当時のデスクにとってニュースとは、新聞紙の一面にくる政治経済ネタ、という時代だったんです。

社内でニュースとして認められないならばと、2001年に立ち上げた「薔薇棘」というメディアで働く女性たちの会でワークライフバランスについての勉強会を開催しました。その結果、勉強会に参加していた他のメディアの女性記者が報道してくれました。ジャパンタイムズ、朝日新聞、AERAなどに記事が出たところ、働き方の問題が社会問題として認められるようになってきて、それがニュースになり始めました。

こうしたニュースを少しずつNHKでも報じるようになると、今度は視聴者からの反響が届くようになったんです。視聴者の反響や、その後女性記者が増えたことで、ニュースが変わっていったのを実感してきました。

浜田:
反響があると変わりますよね。特に最近ではTwitterなどで大きな反響を呼ぶと、デスクの理解を得られやすいと聞きます。

反響の可視化がニュースの価値判断を変えた

山本:
NHKでいうと、ネットワーク報道部などのネットでの発信の影響も大きいです。ネットでは反響が可視化されるので、子育て中の女性記者が書いた子育てや働き方に関する記事が、ネットに出した途端に大きな反響を呼ぶのを見て、旧来のニュースの価値判断をしてきたデスクたちが「人々はこれをニュースだと思うんだ」と気づくようになったんです。

浜田:
ネットではどの記事が読まれているのか、滞在時間まで可視化されるようになりました。読者がニュースだと感じるものや、メディアに対する共感を持ってもらう「エンゲージメント」が見える化されることでニュースのあり方を変えてきましたよね。

山本:
NHKは視聴率は気にしていないのでは、と思われがちですが、最近はテレビ離れにも敏感になっていて、実はすごく視聴率を見て分析しています。自分たちが出したニュースが見られているのか、どこで離脱しているのかまで、分析して要因を探っています。

ただ、だからと言って根本の価値観がすぐ変わるわけではないので、時代に合わない価値観で報道したニュースが炎上して、変わらざるを得なくなっている現状もあります。

浜田:
逆に時代の価値観を掬い取った良いコンテンツも出てきていますね。良いケースとして事前に山本さんに挙げてもらったのが、東海テレビの「ジェンダー不平等国で生きていく」という広告です。

山本:
私は名古屋出身ですが、名古屋は東京と比べても保守的です。名古屋に戻ってきたときにまだまだ企業の経営層や管理職には男性が多くて、ロータリークラブでダイバーシティをテーマに講演したときも参加者100人全員が男性でした。

そんな地域で、東海テレビはよくこのCMを作ったなと感心しました。これは東海テレビの若手女性ディレクターや女性記者たちが、半径5メートルのジェンダーの問題を色々な人にインタビューして作ったもので、ぜひ皆さんにも見ていただけたらと思います。

この5年で一気に社会が変わってきた

浜田:
2015年には国連によってSDGsが定められましたが、No.5の項目としてジェンダー平等が掲げられました。同時期の2015年、日本では女性活躍推進法が制定されています。

しかし日本では、世界経済フォーラムが毎年発表している国別のジェンダーギャップ指数の順位でこの数年120位前後という、先進国では最低レベルをうろうろしていることから、「ジェンダー後進国」と指摘する声がメディアでも大きく掲載されるようになりました。

それでも、数年前は大手新聞社内でも女性記者たちが「これニュースですよ」と主張しても、ジェンダーギャップはベタ記事にしかならなかったと聞いています。

海外で始まった#MeTooですが、日本でも2017年に伊藤詩織さんが性暴力被害を会見で告発し、2018年には財務省事務次官によるテレビ朝日の女性記者に対するセクハラ事件がありました。女性への性暴力が一向に減っていないのに、伊藤さんの会見は当初、大手メディアはほとんど取り上げませんでした。

浜田:
性暴力・性被害が大きく報道されるようになったのも、まだこの数年の話ですよね。

山本:
ジェンダー平等は当たり前だ、それがスタンダードだ、という若い世代が記者として入社し、記事を発信していることの影響が大きいです。#MeToo運動などの動きも、なぜこれはうちで取り上げないんですか、と当たり前に声を上げてくれていることが原動力になっています。SDGsの中にジェンダーという言葉が入ったことも影響しています。

これまでジェンダーという言葉には男性側の嫌悪感があって、報道で取り上げることができなかったんですが、国連でジェンダーという言葉が標準として使われるようになったことも影響があると思います。

ステレオタイプな表現に陥らないためにできること

浜田:
とはいえ、まだステレオタイプな表現を使ってしまうことは現場で起きていて、おそらく、若い人たちから見たら違和感がある表現が気付かれないまま使われていることもありますよね。

山本:
そうですね。私は「ジェンダーパトロール」と言って表現のチェックをしているのですが、イラストを使うときなど、医師がいつも男性とか、保育士がいつも女性とか、子育てで赤ちゃんを抱いているのが母親だけになってしまいがちです。

家族というと両親に子ども2人というイラストも使いがちですが、家族の姿も変わってきており、単身世帯が3〜4割になっていて家族4人というモデルはもはや標準ではありません。医師であれば男性だけでなく、女性にもインタビューするなど、ステレオタイプに陥らないように取り組んでいます。

あとは、「ママ政治家」「ママ選手」と安易に使いますが、では「パパ政治家」「パパ選手」と言うのか。東京オリンピックのときに公表されたジェンダーに関するガイドラインでは、国際的な標準に照し合せて、女性だけ容姿を取り上げたり、「美しすぎる」というように表現したりすることはNGであることが示されました。こうしたガイドラインを局内でも意識して共有して勉強しています。

浜田:
学ぶ機会が大事ですよね。アスリートの場合では、女性だけに子育てとの両立の質問が出たりしますし、先日のJAXAの宇宙飛行士に選ばれた方の記者会見のときにも、女性の方に「若い女性としてどういう役割を果たしたいですか」という質問も出ました。

山本:
あのとき彼女が「なんで私にそういうことを聞くんですか」と回答しましたが、そういう問いかけが大事だと思います。

浜田:
「私は女性としてではなく、プロフェッショナルとして活動したい」とおっしゃったのが印象的でしたよね。今の時代、記者会見の内容が全て動画で配信されてしまうので、この記者はこの程度の認識なのかと、メディア側の意識の遅れが露呈する時代にもなりましたね。

私は、例えばアスリートに出産後の肉体の戻し方やブランクをどう乗り越えたのか、など必然性があって聞く時には必要だとは思います。ただ、それが本当に聞くべき質問なのか、本当に取材する必要があるのか、そして緊急性と公益性があるのかを一つひとつ自問する必要があると思います。

組織の中のダイバーシティは進んだのか

意思決定層に女性が増えるとトップニュースが変わる

浜田:
さて、ここからは後半のテーマ、「組織の中のダイバーシティがどこまで進んでいるのか」に移ります。

なぜ、女性が組織に必要なのかを考えるときに、ニュースの内容に関わるからだというお話がありました。意思決定層に女性が増えたことによって報道内容が変わった事例として、NHKによる「生理の貧困」に関する一連の報道があります。賞も取りましたが、どういう形でこの報道に至ったのか少し教えていただけますか。

山本:
2020年にNHKスぺシャルで新型コロナ禍で女性が直面した困難について取材していたときに、支援の現場で生理用品がすぐなくなってしまう、という事実を掴みました。海外では貧困のために生理用品を買えない、そのことによって学校に通えない、仕事に行けないと言った「生理の貧困」という事象があると知り、女性上司の下で取材を始めたと聞いています。

報道するにあたり、「生理」という言葉をニュースで出すべきかどうか、議論になりました。「おはよう日本」の編集責任、編集トップに女性が3人になった時期で、女性編集長が編集責任のときに報道すると決断して、特集として出すことができました。それが国会でも取り上げられて、生理用品が買えない女性たちの存在が注目されました。

もちろん男性記者もチームに入って取材していたからこそ、広がっていったと思うんですが、やはり主要番組の意思決定層に女性がいたことで報じられたと思います。

私は今、名古屋で「まるっと!」という夕方の番組の編責を2ヶ月に1回、1週間通しで担当していますが、自分が担当する週では女性や子育ての問題をトップニュースに持ってくるようにしています。何をトップニュースに持ってくるかで「これは重要なニュースなんだ」と伝わります。社会が変わり、視聴者も多様化する中で、意思決定の場に女性が入って多様性があることは大事です。

浜田:
「生理の貧困」報道がきっかけになって、地方自治体や議会で議論が起こり、中学校に無料でナプキンを備えつける対策がいくつかの自治体で始まりました。ニュースは政策に影響を及ぼすと改めて感じました。

これまで、女性や子どもに関する問題がトップニュースで報道されることがなかったから、結果的に女性や子どもに対する政策の遅れに繋がっていると感じています。少子化がこれほど進んだのも、そういう背景があると思っています。

山本:
おっしゃる通りです。「保育園落ちた日本死ね」というブログに端を発したニュースがありましたが、それよりも前から待機児童の問題は存在していました。私たちはずっと問題として声を上げてきたと思っていたんですが、国会の場であのブログが取り上げられて議論されたことで、トップニュースとして扱われるようになった。新聞でいうと生活面やベタ記事ではなく、やはりトップニュースとして取り上げられることが大事です。

「ジェンダー」という言葉が使えない時代から「ジェンダーを超える」時代へ

浜田:
そしてもう1つ注目しているのが、NHKの「BeyondGender」、つまり「ジェンダーを超えよう」という取り組みですが、これはどうやって生まれたんですか?

山本:
女性記者、女性管理職が増えて意思決定層にも女性が増えたので、会社の壁を越えてニュースや番組を変えていこうというプロジェクトが立ち上がりました。「生理の貧困」だけでなく、「更年期」など、今までタブーとして語られなかったことを取り上げようとしています。ジェンダーは女性だけの問題ではなくて、男性だって「男らしさ」に縛られて辛いということも含めて、ジェンダーが主要なテーマとして表舞台に出るようになりました。

浜田:
女性だけじゃなくて男性のディレクターや記者も関わっているんですか。

山本:
LGBTQなどの性的少数者の方も含めてみんなでジェンダーを考えよう、というプロジェクトですが、立ち上げの中心になったのは女性たちです。なので、女性がいなかったら実現できなかったと思います。

浜田:
意思決定層に女性が増えることはこれまで話した通り、報道内容にも大きく関わるので非常に重要なことですが、一方で女性たちはこれ以上忙しくなるのでは、という不安から、女性は管理職になることを躊躇する人が多いです。

それでも私は多様な人たちが意思決定に関わるためにも、私は女性に管理職になってほしいと思っています。私もAERAの編集長になったときに、私自身大きく変わったことがあります。それまで企画を通すときは、男性編集長が採用してくれるか、を考慮していました。「フェミニズム」や「ジェンダー」という言葉は嫌がられる傾向があったので、「働き方」や「少子化」の問題として企画を提案していました。

でも、自分が編集長になったときに思い切ってできたんですよ。遠慮せずストレートな表現で。

山本:
私も、男性上司が理解できるように工夫を重ねて苦労しました。「男らしさ」「女らしさ」「働き方」など、言い方を変えて企画を出し続けていたら、主旨が変わってしまったのではないか、と思うこともありました。

子育てをしている女性だと、説明しなくても「そういう問題は大事だ」と理解を得られるし、「見えない家事の問題」なども、経験している人だと説明しなくてもすぐに分かってもらえますよね。

企画を提案しても、以前は男性デスクに「何を言っているのか全然分からない」とよく言われていました。こちらも、どうしたら分かってくれるのかが分からなくて、平行線をたどっているような感覚でした。「生理の貧困」の話も最初に出すときに、GOを出せるかどうかが大きいですよね。意思決定層に女性が増えるということは、多様な価値観でGOを出す人が増えるということに繋がります。

部署を超えて横に繋がる、小さく始めて次に繋げる

浜田:
とはいえ、「まだ私は管理職じゃないし、うちの会社には女性管理職はいないし」と感じる女性、特に民放テレビ局の女性たちは苦労していると聞いています。企画を提案しても上司が採用してくれないという悩みを聞きます。

朝日新聞はThink Genderというキャンペーンを2020年から展開していますが、元々は2017年の国際女性デーのときのDear Girlsというキャンペーンが始まりです。当時30代後半から40歳前後の育休中の方含めて女性記者8人くらいが草の根のような活動という形で立ち上げました。メンバーの中には育休中の人もいて、赤ちゃんをおぶって会社に来てこっそり参加していました。

彼女たちが思いついたのが3月8日の国際女性デーに朝日新聞の1面から社会面まで全ての紙面に女性に関する記事を載せるということでした。私が最初に相談を受けたとき、こんな思い切った企画を考えたことに感心しましたし、何とか実現したいと思いました。

彼女たちよりも上の世代だった私は、社長室や役員に企画を提案しに行きましたが、突破口になったのは、この企画に広告がついたことでした。広告の部署にいた女性社員が頑張ってPOLAの広告を取ってきて特集紙面を開くことができたんです。そのときの反響が大きかったから、次の展開に繋がったんですね。

山本:
社内でいろんな人が関わること、横で繋がるのがポイントですよね。NHKの中でもLGBTQとか性的マイノリティの子と一緒にレインボーパレードをやろうという企画もあって、やりたい人いませんかと声をかけると、実は同じことを考えている人が他の部署でもいたんです。まず声を上げてみることが一歩になると思います。

NHKにおける働き方改革

浜田:
女性記者やディレクター、さらにそのさきの女性管理職を増やしていくためには、組織側の改革も必要です。働き方でいうと、夜討ち朝駆けができなければ一人前じゃないと言われてきたわけですが、子育て中の女性記者や女性デスクが増えたことによって、NHKで働き方は変わりましたか。

山本:
ここ数年すごく変わってきています。この4月にワークライフバランス異動がありました。NHKの異動は、一般職は7月、8月で時期が遅いんです。そうすると保育園に入れないとか、小学校の入学に間に合わないことが起きていました。だから数年前に異動の時期を4月にするようになりました。

会議の時間も変わりました。夜のニュースの会議は放送後に行っていたのですが、今は朝や昼間にやるようになりました。コロナで変わったのがオンラインでのインタビューができるようになったことです。それまでNHKではオンライン取材をしていなかったのですが、オンラインで撮れるようになったことは前進だと思います。

浜田:
女性のハードルになっている転勤はNHKではどうなっていますか。

山本:
まだ転勤はありますが、ずいぶん考慮されるようになってきています。先ほどのワークライフバランス異動に加えて、夫婦同任地異動もできました。これまでは、同じ職場だとみんなが気を遣うからという理由で夫婦は同じ地域に転勤しないという不文律がありましたが、随分変わってきたと思います。異動があることでライフプランを立てられないこと、子どもの学校の問題、保育園に入れないなどあるので、転勤はまだ課題だと思っています。

社内で認められなくても、社外で仲間を作って時機を待つ

浜田:
山本さんもお子さんを育てながら、転勤問題に直面し、ご自身のキャリアについて悩んでいた時期があると思うんですが、振り返っていかがですか。

山本:
転勤がきっかけで、もう辞めようかなと浜田さんに相談したこともありましたね。子どもを連れて全然知らないところに行ってできるのかな、と不安になって相談したら、「管理職になってから辞めた方がいいよ」と言われたのを覚えています。そのアドバイスが有り難かったです。

浜田:
企画が通らなかったり、自分のキャリアの展望が描けなかったりした時代があったにもかかわらず、それでも続けてこられたのはなぜですか。

山本:
薔薇棘というネットワークの存在が大きかったと思います。自分が問題だと思うことを、会社の中でニュースだと認められない中で、賛同して励ましてくれる仲間がいたことで、不遇で日が当たらなくても勉強し、インプットを増やして発信し続けてきたことで、一昨年に解説委員になることができました。

どこかで諦めていたら、今の自分はなかったと思います。いま自分の思い通りになっていない方も、自分の問題意識をもとに学び続け、ネットワークを持って共有する人たちがいれば、そこで力を蓄えつつ、会社の中でできることが見つかることもあります。

NHKも放送だけでなく、ネットに記事を出すとか、多様になってきています。そして会社も上司も変わっていくのでチャンスを待っていればつかむことができると思います。

質疑応答

男性の働き方改革、組織全体の意識改革が必要

浜田:
質問が来ています。「お話に上がったプロジェクトでは男性はどれくらい入っていますか。」という質問です。

山本:
30代、40代の子育て世代の男性が結構いるんですよ。先日もなるほど、と思った表現がありました。マンションから子どもが転落死する事故がたまにありますが、「母親が目を離した隙に」という表現が割と常套句で使われることがあります。そうした事故が起きたときに、子育て中の男性デスクが、「子育てにおいてずっと目を離さないということはあり得ないよね。この表現はお母さんを傷つけるだけだから削ろうか」と言ったんです。

他にも名古屋では30代40代の男性が子育てやLGBTQのプロジェクトや他の共生プロジェクトに入ってくれています。

小さい子どもを持つ男性は、自分が早く帰ることにも関心があります。小さい子どもがいる女性はいま早く帰るように言われますが、男性にも早く帰るようにと言うようになるとも社会が変わるかなと思って、男性のワークライフバランスに向けて力を入れています。

浜田:
D-JEDI理事の古田大輔さんからも質問が来ています。ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンの重要性を報じるメディアは増えてきましたが、それは一部の担当記者の努力によるもので、組織全体の意識改革に繋がっていない気がします。多様性のないメディアの発信は多様な読者に届かない、信頼されない、という問題意識が組織として不足しているのでは。

山本:
すぐ組織全体の意識改革というわけにはいかないのですが、記事や番組が外部から評価されたときに内部の価値観は変わっていくので、やはり報道を出していくことが大事かなと思っています。あと外からの評価が大事なので、外部評価という外圧を使って変えていけたらと思います。

浜田:
長く染み付いた意識や働き方を大きく変えるのは難しいですし、一定の年齢以上の特に男性にとっては辛いことでもあると思います。いまさら新しい価値観でやりましょうと言われても腹落ちするまでに時間がかかると思うんです。それでもメディアは公共性や公益性を他の企業以上に意識していかなければと思います。

最後になりますが、皆さんへのメッセージをお願いします。

山本:
今現場で1人で、やりたいことがなかなかできない環境で悩んでいる方がいらっしゃると思うんですよね。私も大事だと思って言い続けてきた企画がずっと通らなくて、半年間に1本も企画が出せなかった時期もありました。

でも仲間がいて、社外でも繋がることで変えていけることがあります。社内でうまくいかないときにこそ、外でのネットワークで自分の力を蓄えて声を上げ続けていってくれたらと思っています。


D-JEDIが2023年4月に開催した新人・若手向けデジタル報道講座に関しては、こちらの記事をご参照ください。


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