「選挙報道のデジタル発信」はここまで変化 最新トレンドまとめました①ボートマッチのいま
文:D-JEDI理事 熊田安伸
選挙をめぐる報道はそもそも「データの塊」ですよね。最終的な得票数や当落はもちろん、事前の出口調査などによる予測や世論調査による情勢分析なども然りで、だからこそデジタルとの親和性も高い。メディア各社がそれぞれで腐心してさまざまなデータを集めて利用してきました。
一方で、下がり続ける投票率に歯止めをかけることは、誰にもできていません。「選挙のデータ」をどうしたらもっと有効に、効率的に使えるのか、そして有権者に関心を持ってもらえるのか。このところ、新たなデジタル発信の取り組みも次々と生まれているので、今回はそれをまとめて、皆さんで議論する材料を提示してみることにしました。
投票の参考にする「ボートマッチ」は、メディアがそれぞれで作るしかない?
今年行われた参議院議員選挙でも、メディア各社が力を入れたデジタル発信の一つが「ボートマッチ」ですね。
ボートマッチとは、有権者の選択を手助けするために、自分の考えと最も政策が近い政党や政治家を示してくれるサービスです。ただ、朝日新聞が自らのサイトで<ボートマッチで「方向性」を重視すると、極端な立場を取る政党ほど一致しやすくなるという問題点もあります>と説明しているように、あくまで指標にすぎません。とはいえ、これからのメディアに求められている、まさに「Journalism as a Service」。新たな報道の形として、次々と発信されています。
「ボートマッチ」の変遷
私の知る限り、日本では2001年の参院選の際に、当時の東京工業大学大学院助手の佐藤哲也さん(現・公益財団法人「政治資金センター」代表理事)が、実証実験としてネットを使った投票支援のシステムを作ったのが最初のようです。新聞各社の社説から自然言語処理で選挙の争点を抽出し、関東一都六県の参院選の選挙区の立候補者を対象として、争点へのスタンスを独自にアンケート。それをベースににサービスを提供しました。
日本のメディアとして初めて「ボートマッチ」サイトを立ち上げたのは毎日新聞です。元をだどれば、埼玉大学の松本正生教授(現・名誉教授)が、毎日新聞の世論調査担当の方に「ヨーロッパではボートマッチというものが盛んらしい。日本でもやりませんか」と呼び掛けたのが最初でした。2007年7月から現在まで続いていて、「のべ約430万人が利用した」とのことです。2022年の参院選版は、25問の質問に答えると一致度が高い政党や候補者を示してくれます。
同じ2007年には、読売新聞も東大社会科学研究所のチームが運営する「投票ぴったん2007」というボートマッチのサービスと連携して、YOMIURI ONLINEの参院選特集からアクセスできるようにしていました。2009年の衆院選から、「日本版ボートマッチ」として自前のサービスを運営し、現在に至っています。
地方紙としては下野新聞が「Smatch」というボートマッチを2013年から提供。栃木県内の国政選挙だけでなく、知事選でも発信しているのが特徴ですね。下野新聞は、選挙前の有権者アンケートなども積極的に実施しています。
これらのサービスの特徴は、利用してみると分かりますが、いきなり質問項目が出てきて次々と答えていくと、結果を示すスタイル。でも「たったの20数問だけど、それすら回答するのがストレス」という声さえあります。そんな中で、その後に登場した以下のサービスでは、はじめに有権者が比較したい政策を絞り、それにだけ答えられるようにしています。
サービスの形に変化も
朝日新聞は、東京大学大学院の2003年から谷口将紀教授(2005年までは蒲島郁夫名誉教授=現・熊本県知事)の研究室と「朝日・東大共同調査」というアンケートを実施していますが、現在の選択式のボートマッチは2021年の衆院選から始めました。
しかしながらボートマッチ以上に、視覚的に分かりやすいと評判になったのが、候補の政策ごとの評価が一目でわかるこのインターフェース。当時まだNHKに在籍していたので、「やられたー」と思いましたね。こちらで自分の関心がある政策で俯瞰したほうが、選びやすいです。
そして今回の参院選でいよいよボートマッチに乗り出したのが、NHK。従来、この手のものには及び腰だったので、よく決断したなと。ここまで述べたように、既に“レッドオーシャン”な状況ですが、「重要なサービスは公共メディアで!」ということでしょうか。
思い出すのは、たかまつななさんがNHK在籍時にチャート式で「1分で分かる選び方」を個人で発信したところ、「上の方」からえらく怒られていたこと。私は面白いと思ったので、どこに問題があるのかと「上の方」と議論した覚えがあります。たかまつさん、今でもこうして発信していますが、政策によってはチャート式で表現できますし、一覧性もあるので時間もかからず分かりやすいとさえ思いますけどね。
何かといろいろ言われてしまうNHKではありますが、2021年にローンチした「最高裁判所裁判官の国民審査」に役に立つサイトはUIもとてもよく、公共メディアらしい良質のサービスでした。これまたある種の「ボートマッチ」ですよね。
最初に政策を選択する形式ではありませんが、日本テレビとJX通信社が合同で行った候補者調査に基づくボートマッチには、朝日新聞のUIに似た、候補の政策ごとの立ち位置が一覧できる仕組みもあります。(スクロールが面倒なのと視認性で、朝日の方が使いやすいかなと個人的には思います)それよりも面白いのはマトリクスで政治家のスタンスを可視化しているところですね。「投票の手助け」という意味では、かなり大雑把ではありますが。
しかし、ですね。メディアがこうしたボートマッチを次々と立ち上げても、投票率は一向に上がりません。
既存メディアだけには任せておけない?
何かがおかしい。どうしたらいいのか。自分たちで本当に欲しいボートマッチを作ってしまおうと、若者たちが自ら作り上げたのが、Internet Media Awards 2022のグランプリとソーシャルグッド部門賞を受賞した「JAPAN CHOICE」です。
運営しているのは、「若者×政治」をテーマに2014年に発足した学生NPOの「Mielka(ミエルカ)」です。 <若年層投票率の低下・政治参画意識の低下に危機感を抱き、ワカモノ世代を主な対象に、社会のこと・政治のことを「じぶんごと」として身近に考えようというメッセージをワカモノ目線・政治的中立公平な立場から発信しています>とのこと。
スマホに最適化したこちらのボートマッチは、<2021年の衆院選では160万ユーザーを獲得し、10・20代の投票者のおよそ10人に1人が使用するサービスにまで成長している>ということです。ニュースアプリのSmartNewsの投票ナビとも連携していました。
ならば新聞社も若者へのアプローチが重要だ、ということなのか、前出の毎日新聞の「えらぼーと」では、2021年の衆院選から、若い世代の政治参加を促す若者たちの団体「NO YOUTH NO JAPAN」の協力で候補者への質問を作っています。今年の参院選ではLINEのチャットボットでボートマッチをするサービス「えらぼっと」をリリースしました。下のリンクは、「NO YOUTH NO JAPAN」代表理事の能條桃子さんに使ってもらっている動画。力が入っていますね。
WEBメディアといえば、選挙・政治家情報サイト「選挙ドットコム」も、独自のアンケートをもとにボートマッチを展開。質問に回答する時に、その政策のメリット/デメリットが表示されるなど、独自の工夫もしています。
国政選挙だけでなく、今月投開票が行われたばかりの「品川区長選挙」などの自治体の選挙でも、ボートマッチのサービスを展開していました。こちら、東京青年会議所品川区委員会と共同でやっているのですね。面白い枠組みです。
9月の沖縄県知事選挙では、琉球新報とコラボして「沖縄県知事選挙2022投票マッチング」を発信、サービスの広範さという点では、いま一番かも知れません。
ポイント① データなどの共有化はできないのか
以上、主だったものを挙げましたが、これら以外にも候補者選びに役に立つサイトはあります。しかしこれだけあると、いったいどれを使ったらいいのやら……ここまで述べたように、どれも使い勝手などが違うので、自分に最適なものを探したい。もはや「ボートマッチを選ぶためのマッチングサービス」が必要な状態です。
確かに有権者に回答してもらう時の選択肢の作り方でも、各社それぞれのスタンスがあるので、サービスそのものを一体化することはなかなか難しいかもしれません。とはいえ、候補者に行うアンケートの質問項目は、大部分が共通しています。各社でそれぞれ候補者に送って回答してもらうのではなく、共同で行ってもいいのではないでしょうか。
回答する候補者の側の負担が減るのはもちろんですが、とにかく膨大な調査データのために、結構な人、カネ、時間が費やされています。いま、メディアにとって効率的なリソースの使い方は最優先の課題のはず。ボートマッチの基礎調査のデータを共有化するだけで、かなりの手間と費用が省けます。
そしてボートマッチを作成する上での大きな課題は、ベースとなる調査に回答さえしてくれない候補者がいること。(有権者に自分の考えを伝える機会は多い方がいいわけですから、回答をしないのはもったいないなあと個人的には理解に苦しみますが)メディアやジャーナリストが共同で調査することによって、候補者に対してより強い説得力を持てるようになるかもしれません。
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今回は「ボートマッチ」に焦点を当ててみました。次回は「政治家のデータベース」を取り上げます。私がやっている「オープンデータ講座」のような、ジャーナリストにとって役に立つツールの紹介にもなっていますので、ぜひご一読を。
10月29日のセミナーにぜひ
さて、10月29日のD-JEDIのセミナーでは、従来の地上波のテレビの「お作法」を超えて、YouTubeで驚くべき「選挙の事前報道」を展開されたテレビ東京の豊島晋作さんに登壇していただきます。なぜ実現できたのか、たっぷりと裏事情を含めてお話しいただきたいと思います。
そして第二部では、この記事で紹介した関係者や、メディアの選挙報道、デジタル発信の担当者にお集りいただき、議論をしたいと考えております。新たな報道のアイデア、そしてコラボレーションが生まれるといいなあと思っております。