「選挙報道のデジタル発信」最新トレンド③ データを駆使した報道
文:D-JEDI理事 熊田安伸
選挙をめぐる報道はそもそも「データの塊」ですよね。「選挙のデータ」をどうしたらもっと有効に、効率的に使えるのか、そして有権者に関心を持ってもらえるのか。新たなデジタル発信の取り組みをまとめています。
第3回は「データを分析した新たな報道」「事前報道はどこまでできるのか」に焦点を当てました。皆さんで議論する材料を提示してみることにしました。
データを駆使した選挙報道はここまで来ている
さて、データを利用すると、選挙をめぐる報道そのものや、表現方法も変わっていきます。
日本経済新聞の特集「チャートは語る」では、参院選の結果のデータを徹底分析。有権者の選択の変化を、記事とともにグラフィックで視覚化し、分かりやすく伝えるという企画を発信しています。
2021年の衆院選でも、比例代表での政党の得票率をビジュアル化。自民が太平洋側より日本海側で風が吹いたことや、維新は大阪を本拠地としつつ各県の「1区」を軸に支持を拡大したこと、立民は北海道などで強さを見せたものの東京は下落していることなどを、分かりやすく表現していました。
データをそのまま使うのではなく、統計学を学ぶことで新たな地平を開こうというのが、朝日新聞の小宮山亮磨記者です。参院選の結果のデータを分析して、井上義行氏(自民)が、落選した2019年と比べ、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の施設がある自治体で得票を伸ばしていたことを明らかにしました。
彼は統計学の「研究」の一環としても取り組んでいて、その経緯について個人のnoteにまとめ、詳しく発信しています。このほかにも「全国郵便局長会が参院選の比例区に擁立した候補が近年、得票を大きく伸ばしている」という謎にデータから迫った記事を発信ているほか、「れいわの山本太郎代表と同姓同名で、N党「山本太郎」氏の票は増えたのか」という記事も計量政治学者の研究をもとに記事化しています。
統計を利用した報道ということでいうと、中日新聞はかなり独特の発信などをしています。今回の参院選では、「開票の早い段階で数理的に残票を予測する試み」をしていました。
この記事、IT記者界隈では著名なあの記者の手になるものだと拝察しますが、毎回独自の実験的発信をされていて、大変興味深いです。
一方、事前の「情勢分析」も選挙報道の一環。こちらも従来とは違う動きが出てきています。
信濃毎日新聞はJX通信社と合同で、2021年の参院長野補選での情勢調査と結果のビジュアルデータ化を行いました。伝統的な地方新聞社と新進のベンチャーとのコラボは、話題を呼びましたね。
そもそも選挙の情勢調査は新聞社が得意とするところですが、担当の方によりますと、「必ずしも紙面で詳細なデータを紹介しきれるわけではなく、サイトを通じビジュアルに見せることでデータの蓄積、活用手法の広がりが得られるのではないかという期待がありました」とのこと。結果としても
「特にクロス集計データや連続調査の推移の表現などはグラフィカル・動的に見せるのに適したコンテンツであり、新聞社の持つ調査データの有効活用という点で新たな可能性を感じました」と手ごたえを感じている様子でした。
情勢分析といえば、既存メディアが行ってきたのが「出口調査」です。ところがいま、従来の調査手法で本当に実態を反映できているのかという疑問の声が上がっています。
そんな中で、業界の関係者から「これは凄い」と言われているのが、「dサーベイ」という取り組みです。どんなものか、説明を引用します。
調査規模からみても、「ぶれなさ」から見ても、良質なデータが取れそうなサービスですよね。毎日新聞社などが出資した社会調査研究センター(代表取締役社長=松本正生・埼玉大学名誉教授)がNTTドコモと選挙・世論調査に関する基本契約を締結し、新時代のインターネット調査として提供しています。実績はセンターのサイトから。
ポイント③リソースと体制
「データのビジュアル化は重要」とは以前から言われていることですが、なかなかそうもいかないというのが実情ではないでしょうか。データビジュアライゼーションができる人材の確保、その上での現場の理解と連携、それがうまくいかないと出ないものです。
しかし、今は特別な知識が無くてもビジュアル化ができるデジタルツールは次々と生まれています。例えばこちら、Flourishというツールで簡単に選挙や情勢調査をビジュアライズできるということを紹介したテキストです。特別なプログラミングの知識がなくても、ツールの使い方を学べばここまでできるということです。
前出の信濃毎日新聞のケースでも、以前からグラフィックスに関心があったというデスクが、JX通信社のFlourishを使ったグラフィックス制作を参考に独学でスキルを身に付け、その後コロナ感染者の特設サイトを内製する際に中心となったということです。
一方で、中日新聞のあの方や朝日新聞の小宮山記者がチャレンジしているような分析のスキルは一朝一夕で身に付くものではないので、専門的な知識を持つ記者を養成することも、メディアには重要ですよね。積極的に機会を与えてほしいものです。
事前の情勢調査のデータについても、これまでは「生データは選挙後さえも公表しない」がメディアの「常識」になっていました。しかしベンチャーなどと取り組むことで新たな知見が得られ、やはり何らかの形で公開し、共有しなければ、有権者のメディアに対する信頼を確保することはできないのではないかという声も上がっています。さらに、従来から行われてきた出口調査の手法については、今の時代に本当に有効なのか、よくよく考える必要があるかもしれません。
「事前報道」はどこまで可能なのか
公正中立、不偏不党が求められる選挙報道。しかし選挙前の「候補者を追う」「選挙区リポート」という企画は、それを気にしすぎて無味乾燥なものとなり、視聴者にも関心を持たれないという悪循環が続いてきました。確かにボートマッチや候補者のデータベースがあれば、事前の選挙報道より役に立つという考え方さえできるかもしれません。
そんな状況を打開したいと考えたのがNHKの「政治マガジン」で、有権者の役に立つ事前の報道がどこまでできるかにチャレンジし、業界でも話題になってきました。とはいえ、リソースなどさまざまな制約もあり、必ずしも毎回、インパクトのある事前報道ができているというわけではありません。
今回の参院選からは、<障害があって投票に行けなかった、行きづらかった人や障害のある人をサポートする人たちに役立つ選挙の情報を掲載>するという「みんなの選挙」をNHKはスタートしました。とても有意義な取り組みで、ここに障害がある人でも使いやすいボートマッチが組み合わされば完璧だと思いました。(作るのが大変かもしれませんが)
一方、JX通信社は今回の参院選から変わった試みを始めました。<報道各社の選挙区ごとの情勢分析を数値化して分析し、 各社の報道の背後にある「潜在的な情勢」を算出しました>というもので、メディアの報道の表現もみながら選挙期間中に当選確率をシミュレーションするという、いわば「メタ情勢分析」です。これは既存メディアでは諸般の事情で絶対にできなかったでしょう。ただ、面白い取り組みではありますが、有効性については分かりません。
そんな中で、メディア各社の度肝を抜いたのがこちら。テレビ東京の「参院選“タブーなき”一問一答」です。選挙期間中であっても、視聴者の疑問に篠原裕明官邸キャップと豊島晋作キャスターが遠慮や忖度なくズバズバと答えていき、話題を呼びました。
ポイント④10月29日のセミナーで語り合いましょう
地上波のテレビではなく、YouTubeで展開されたこの取り組み、なぜ実現できたのか。豊島さんには、10月29日のD-JEDIのセミナーで、たっぷりと裏事情を含めてお話しいただきたいと思います。参加した方からの質問にも、“タブーなく”答えてくれるそうですよ。
第二部では、この記事で紹介した関係者や、メディアの選挙報道、デジタル発信の担当者にお集りいただき、議論をしたいと考えております。新たな報道のアイデア、そしてコラボレーションが生まれるといいなあ、と願っております。