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オールドメディアのNHKから新進気鋭のスタートアップへ 転職の前に最低限しておいたこと

文:D-JEDI理事 熊田安伸

「ユニコーンに乗って」なんてドラマができるぐらい、猫も杓子も「スタートアップ」の昨今。でも、「つぶしのきかない記者」として何年も生きてきた自分に、今さら転職なんてできるわけないじゃないか、とお考えの方も多いのではないでしょうか。

でもしちゃったんですよね、転職。しかも勤続31年、間もなく54歳になろうとするオジサンが、「ダブルユニコーン企業」と呼ばれる資金調達を達成したスマートニュースの、さらに子会社に。社内公用語が英語、という規定があるわけではないのですが、グローバル企業なので会議も資料も基本は英語ですよ、英語。社内のフランクな会話になると、英語どころか多言語が飛び交っています。

ドラマの西島秀俊さんのような、基本スペックが高い中高年ならば、プログラミングなんてできなくても、ITオンチでも乗り切っていけるかも知れませんが、ワタクシにはそんな器量はなーい。でも、スタートアップのキレッキレの若者たちにお荷物扱いされるなんて嫌ですし、せっかく転職したのに、やりたいことができないのでは元も子もありません。そこで転職を前にして、徹底的に自分のスキルの再点検をしました。

50代のオジサンがスタートアップに転職する直前にどんなことに取り組んで、実際に入ってから何が役立ったのか。転職を視野にいれている皆さんに参考にしていただくため、今回、恥を忍んで公開します。

まずは自分のスキルを整理してみた

私が担当する仕事は、WEBメディアのコンテンツプロデューサーです。要するに編集者なのですが、スタートアップなのでほぼ「何でも屋」です。そしてデータなどを共有するためにも、他のメンバーと同じツールが使えなければなりません。
 というわけで、自分に何ができるのか、足らないことな何かをまず整理しました。

・取材、記事の執筆 記者としての基本能力ですが、「この能力しかないからつぶしがきかないんだ」と多くの人が考えているものです。しかしそれが大きな誤解であることを、最後に述べたいと思います。

・コンテンツの制作と発信 NHK時代から「政治マガジン」や「NHK取材ノート」などのWEBメディアを制作していたおかげで、一通りのノウハウはありました。しかしそんなことをしていなくても難しくはないので、それについて後述します。

・ツールの活用 ExcelやWordなどの基本ツール、Teamsやslackなどのコミュニケーションツール、画像や動画制作のツールなど、様々なものがありますが、メディアで使われているものと一般企業で使われているものは微妙に違うような気がします。

・プログラミング これができないとスタートアップへの転職なんて無理だと、多くの人にとって意識のハードルになっているようですが、実は不可欠な能力というわけではありません。そして記者がよくIT講座で教えられる技術が転職後に使えるかというと、全くベクトルが違います。プログラミングの手前で覚えておくべき、もっと重要なことがあります。

ではそれぞれの項目について、具体的に見ていきます。

コンテンツの制作は記者なら誰でもできるようになる

WEBメディアに記事を出すための作業が、CMS(コンテンツ管理システム)を使っての入稿です。よく使われているものにWordPressなどがありますが、「決められた枠にルールに則って文字を入れたり装飾をしたりする」だけの作業なので、何も難しくはありません。もし使ったことがない人がいれば、自社のWEB担当者に頼んで自分の記事の入稿をさせてもらいましょう。まず嫌がる担当者はいないと思います。私自身は「NHK政治マガジン」などのWEBメディアを運営して実践を積めたので、この部分での不安はありませんでした。

自社のWEBでの作業がルールなどでダメならば、自分でブログサービスを使って慣れておく手もあります。WordPressは無料でも使えますし、ちょっと設定に手間がかかると思ったら、ブログサービスの中にはほぼ設定いらずで入稿ができ、無料プランでもHTML(これは重要なので後述します)をぐりぐりいじれる自由度があるものも存在しているので、WEBメディア作りの基本が分かります。私は趣味で2004年からブログ(ただのB級グルメブログですが)をほぼ毎日更新していたので、それが後々役に立ちました。

自分でCMSを使いだすと、「見栄え」が気になってきます。新聞やテレビに使った原稿をそのまま入れても、「これ、誰が読むんだよ」という記事になっていることに気づくのではないでしょうか。WEBにはWEBに適したテキストのスタイルがありますし、どんな自由な演出だって可能です。今は「WEBの教科書」的なものが出ていますが、メディアにはそれぞれに最適な表現があるので、必ずしもそこに「正解」が載っているわけではありません。回数をこなすほど間違いなくスキルアップするので、まずは「習うより慣れろ」です。

コンテンツを「届け切る」ための知識こそ重要

WEBに出すだけでは、記事は読者に届きません。そこで必要なことの一つが、SEO対策など発信に関わる知識と施策で、いまや必須といってもいいものです。

SEOとはGoogleなどの検索エンジンに最適化すること、つまり検索結果の上位に表示されるようにするためのテクニックです。例えばコロナ禍が拡大した2020年の春ごろには、とにかくタイトルの先頭に「コロナ」と付けた記事が上位を占めました。いま、どんな言葉が検索に引っかかりやすいのか、それを知るためのツールはいくつもあります。私の場合は、NHK内で毎週のようにSEOの専門家を呼んでの勉強会が開かれていたので、どんなに忙しくてもできるだけ出席して、最新の知識やトレンドを吸収しました。SEOの勉強会はいまや色んなところで開かれているので、調べてみるとすぐ出てくると思います。

一方、SEO対策だけでもダメなのです。SEOを施したタイトルというのは無味乾燥になりがちなので、TwitterなどSNS用に、読者の関心を喚起するタイトルが必要です。つまり、WEB記事の場合は必ず2種類のタイトルが必要になるのです。これをどう使い分けるのか、具体的なテクニックについては長くなりますので、いずれD-JEDIの講座でも取り上げることになるかと思います。また、SNSといえば、Twitterのアナリティクスなどを普段から見るくせをつけて、どういう発信だとインプレッションやエンゲージメント率が高くなるのか、実際に試してみるのも大切です。

さらに「届け切るための記事の書き方」も重要です。これについては、「NHK取材ノート」などで培った私なりのメソッドがありますので、次回以降に詳しく紹介したいと思います。

どんなツールを使えるようにしておくか

記事を届けるために必要なのは、テキストだけではありません。記事のメインビジュアルや、サムネイルも大きく影響します。え?そんなのデザイナーさんがやってくれるから、自分で使う必要はないだろうって?もちろん、ベンチャーだってデザイナーにお願いすることが多いのですが、そんな余裕なんてなく、自分で作らないと間に合わない!なんてケースは頻発します。最低限の知識は必要です。

最低限、必要なことといえば、「サイズを調整して、画像に文字をのっけられる」ことですが、よりよくするために、複数の画像を合成したり、色味を調整したりする欲も出てくることでしょう。そこでAdobeのPhotoshopやIllustratorというソフトが使えるスキルが基本になります。「フォトショ派」「イラレ派」といって、どちらかしか使わない/使えない人もいますが、できれば両方使えたほうがいいかと。私も「フォトショ派」だったのですが、よく必要なファイルがイラレ用の「AIファイル」で送られてくることがあるので、結局、両方とも使えないと仕事にならないということもあります。(イラレは転職後に学びました)
ただ、これらの有料ツールが使えない会社もあるかもしれません。その場合はFigmaやCanvaという無料で使える画像加工ツールもあるので、どれかは使えるようにしておいたほうがいいのではないでしょうか。

そんなの今から覚えるの大変!という方に朗報です。今の時代、奇特な人がたくさんいるもので、いずれのツールもYouTubeでやさしい使い方の動画が無料で発信されています。(Adobe社のツールについては公式の使い方動画も充実しています)正直にいいますと、私もYouTube動画を何本も見て学びました。そもそも昨今のツール自体が視覚的にも使いやすい作りになっているので、覚えてしまえば決して難しくはありません。

Excelの使い方とG系ツール

さすがにExcelぐらいは使えるよ、という方も多いと思います。私もそうでした。でも、ちょっと違うんですね。ビジネスに使われるExcelは、記事中の図表に使われることよりも、プレゼンやデータ共有に使われることの方が多く、「いかに視覚的にわかりやすいか」が重要で、その手法は記者が記者に教えてきたやり方とはちょっと違うのです。

私の場合、外資系投資銀行出身で、スマートニュースにもいた熊野整さんという方のオンライン講座(有料)が目から鱗でした。基本がわかりやすい上に、どういう色合いなら理解しやすいのかということまで丁寧に、そして実践的に手を動かしながら教えてくれるので、転職前に全ての講座を受講しました。こういう講座をD-JEDIでもメディア関係者向けにできればいいなあと思っています。

そして実際に入社してExcelを使うかというと、そんなには使いません。実は入社前、ボスから「熊田さんは当然、G系のツールは使えますよね」と尋ねられました。え?G系ってナニ?二郎系?と、とまどいましたが、要するにGoogle系のツールのドキュメント、スプレッドシート、スライド、ドライブ、アナリティクス、Meetあたりです。NHKではMeetやドライブはもちろん、Gmailさえもなぜか使用禁止だったので、一部をこっそり使っていましたが、転職にあたってこれはまずいと、改めて使い勝手の確認をしました。Excelが使えればスプレッドシートは使う関数なども同じなので大して不便ではありませんが、細かいところで仕様が違っています。Teamsは大手メディアはよく使っていますが、一般企業では圧倒的にMeetやZoomの方が多い気がします。アクセス分析にチャートビートばかり見てきた人は、アナリティクスでの分析にも慣れておいたほうがいいかと。使いこなせばいろんな見方ができるツールです。自分のプレゼン資料は過去の資料を流用しやすいので頑としてパワポで作っていますが、「これに記入しておいてください」などと回ってくるものは全てスライドなので、結局はそちらを使わざるを得ません。

ビジネスシーンでは(特に海外が絡むと)共有にも便利なG系をかなり使いますので、このあたりも使えるようにしておいたほうがいいと思います。

G系といっても大違い(笑)正直、このところ二郎系は脂がつらいのです…

プログラミングよりも優先したいものとは

プログラミングという言葉ほど、一人歩きして記者たちのプレッシャーになっているものは他にないのではないでしょうか。サイトから情報を自動で収集する「スクレイピング」や集計のために使われるプログラミング言語、PythonやRなどを学んでいないとこれからの記者は……なんて話を耳にすることも増えているかもしれません。

もちろん、プログラミングはできたほうがいいに決まっています。が、スタートアップで若き天才エンジニアたちがガンガンとやっているプログラミングとはレベルが、というより、そもそも何に利用するのか、根本の部分が違うので、付け焼刃のプログラミングなんて使う余地さえありません。せいぜい、忙しいエンジニアにデータ収集や分析を頼めないシチュエーションで、記事のために自分でプログラムを書くしかないというケースぐらいでしょうか。
 
プログラミングとは違って、必須といってもいいのが、HTMLを学んでおくことです。HTMLとは「ハイパーテキスト・マークアップ・ラングウェッジ」で、WEBサイトを形作るためのベースになる言語です。どんなホームページでもいいので、開いて右クリックし、「ページのソースを表示」を選んでみましょう。それで表示されるアルファベットと記号の羅列が、HTMLです。「この部分がタイトルだよ」=<title>~</title>などとHTMLで記述することによって、サイトは構築されています。

これが読めるようになると、例えば先に書いたSEO対策のタイトルがちゃんとタイトルタグのところに付けられているか、などということが確認できます。見出しや画像をもっと大きくしたい、位置や色を変えたいということなども、HTMLに基づいてCSSという言語で設定することで可能になります。表記の乱れなどもあれば原因を突き止められるようになり、WEBサイトというものへの理解が格段に進むみますよ。

英単語のようなものと記号の組み合わせなので決して難しいものではなく、自分に必要なことを学べばいいだけです。私は趣味でブログのHTMLをいじるぐらいの知識しかなかったので、やはり有料のオンライン講座を受講しておきました。HTMLとCSSを使ってPC用とiPhone用のサイトを制作する過程を、実際に自分で記述しながら学ぶものですが、やってみれば難しくはありません。1日数時間の受講で、1~2週間もあれば全てのカリキュラムを終えられると思います。

念のために付け加えておくと、いまの仕事でHTMLでサイトを作っているわけではありません。ただ、使いこなせなくても知ってさえいれば、エンジニアやSEO担当者が何を話しているか、格段に理解が向上するので、強くおすすめしたいのです。そしてHTML(加えてCSSも、なんですけど)の理解は、プログラムへの入り口になります。

で、英語はどうしているの?

さて最大の難関は英語です。いまの会社にいると、話せるのが当然というか標準のような感じで、肩身の狭い思いをしている……かというと、そうでもありません。
 
当然ながらこれもできた方がいいに決まっていますが、サイトや記事、メールならDeepLを使えばかなり高い精度で翻訳してくれますし、slackでのコミュニケーションもKiaraというツールが日本語で書き込むと同時に英語に翻訳して自動で発信してくれます。社内には同時通訳のチームがいて、会議はInteractioというアプリで通訳が聞けますし、海外のジャーナリストとWEB会議をする時もこれを使っているので問題なし。今の時代はプライドさえなければ(笑)ノーストレスで英語対応できるのです。

実は、最近話題の調査集団Bellingcatと、独占での邦訳配信権を得るため、半年間にわたって英文のメールで細かい契約のやりとりをしましたが、これもDeepLのおかげでした。(さすがに終盤、英語のできる法務の人にチェックしてもらいましたけど)

イギリスとつないでBellingcatのエリオット・ヒギンズさんと、池上彰さん&瀬尾ボスの対談。これも企画の交渉はDeepLで行い、Interactioで同時通訳しました

というわけで、英語だけは後回しにしてしまっているのですが、スマートニュースCEOの鈴木健さんも、創業当時は英語がそんなにはできなかったのに、海外進出のために勉強をして、今では積極的に自ら英語で発信しているとのことです。ちゃんと勉強しなきゃと思いつつ、いや先にやることがあるからと自分に言い訳をする日々です……。

「記者はつぶしがきかない」なんてことはありません

転職して一番、感じたのは、「訓練されたジャーナリストには、やはり相応の価値がある」ということです。「つぶしがきかない」なんてとんでもありません。

スタートアップには優秀なエンジニアやプロダクトマネージャーはいますが、彼らは「コンテンツそのものを生み出す」わけではありません。ゼロからイチを生み出せる取材力、企画力、執筆力は、やはり訓練を積み重ねていないと、なかなかできないものです。いま、企業のオウンドメディアも次々と立ち上がり、メディアという存在自体が大きく変わりつつ中で、活躍を求められている場は寧ろ増えているのではないか、とさえ思っています。

ただし、そのままでは無理です。自身の能力をWEBに最適化させるには、そのための学びが必要です。でも、それは巷間いわれているような「未知の世界に飛び込む」ことではなく、「ほんのちょっとの努力や視座の転換で変えられること」なのです。この記事を読んで、「なーんだ、そんなものか」と思ってもらえれば、幸いです。

一方で、うかうかしてもいられません。ご存じのように、今は「誰でも発信者になれる時代」です。発信する情報の質を問わなければ、訓練されたジャーナリストでなくても、ちょっとしたツールを使うだけでどんな発信でもできてしまいます。フェイクや誰かの人権を傷つけるような情報が溢れてしまう前に(もう遅いよと言わず!)一人でも多く、良質な情報を発信できるよう、そのお手伝いをさせてもらいたいと思っています。

望む活動ができるための学びの場を

いま、所属しているメディアを改革しようとしても、なかなか進まないというケースは多いと思います。「なぜ思ったような発信をさせてもらえないのだろう」と憤りを感じて、新天地を目指す記者も次第に増えてきました。 

私自身、「スローニュース」という本当に小さなベンチャーに飛び込みましたが、NHKとは比べ物にならないくらい心身ともに大変な仕事なのに、もともと楽天的なせいか、とんでもなく楽しいとも感じています。それができたのは、ほんのちょっとの視座の転換があったからでした。(そうしたベンチャーでの疾風怒濤の体験については、またいずれ書きます)

組織に所属するにせよ、自由な立場を手に入れるにせよ、自分が望む活動をするときに武器になるのは、やはり「使える知識」です。そんな皆さんの支えとなり、誰にも学びの場を提供できるようにしたいと考えています。

こんなことを学ぶ場がほしいなどというご意見、お待ちしております。そしてD-JEDIのイベントで、ぜひお会いしましょう。

(了)

あ、先に書いた浜田さんや滝川さんが、「なぜ転職したのか」「前職ではどういう職場だったのか」という記事を書いていらっしゃったので、私も前に書いた記事を参考までに貼っておきますね。

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