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高級地元紙から世界メディアへのDX 投資家も注目するニューヨーク・タイムズの成長を支えるものは

メディアの構造改革の必要性が指摘され始めて久しくなります。改革はデジタル化にとどまらず、表現方法からビジネスモデルや経営、組織のあり方にまで及びます。20年にわたってアメリカメディアの変化をニューヨークで見つめてきたジャーナリストの津山恵子さんに、変革の現在地をレポートしてもらう連載をD-JEDIで始めます。1回目は、レガシーメディアの中で最も改革に成功したと言われるニューヨーク・タイムズです。

文:津山恵子

世界で最もデジタルシフトに成功したメディア

アメリカメディア最前線についてのコラムの初回は、ニューヨークに住む筆者の私にとって最も身近なニューヨーク・タイムズの現状からお伝えしたい。

20年前、共同通信社の特派員としてニューヨークに住み始めて以降、その後フリーランスのジャーナリストに転じても長い間、宅配でニューヨーク・タイムズを取っていた。今では宅配はやめたが、デジタル版で速報をチェックし、スマホではラジオ代わりにポッドキャスト番組を聞いている。1日で最も付き合う時間が長いメディアだ。

デジタル版がなかった時代は、スーパーで腰の高さまで積まれていたニューヨーク・タイムズも、今は数部しか置かれていない。(撮影:津山)

同紙はかつて、ニューヨークのお金持ちが読む高級地元紙というイメージだったが、デジタル版が普及し始めてからは、アメリカの全国紙にのし上がった。老舗新聞でありながら、デジタル版購読者数が2022年末で883万人と、アメリカに限らず世界的に見ても、最もデジタルシフトに成功したメディアだ。

アメリカの全国紙から世界の有力メディアへ

2月8日に発表された2022年通年決算によると、デジタル版の購読者は増加し続け、同紙の総購読者数は紙の購読者(宅配・小売店売り)73万人、デジタル版883万人を合わせて計955万人に達したという。22年2月に買収したスポーツニュースサイト「ジ・アスレチック」の購読者100万人を加えると、グループの購読者は約1060万人と1000万人の大台を超える。さらに2027年末までに計1500万人の獲得を目指している

ニューヨーク・タイムズが公開した購読者数のデータ。デジタル購読が大幅に伸びている(同社カンパニーレポートより)

決算発表に際し、メレディス・コピット・ルビエン最高経営責任者(CEO)は、「デジタル版購読者の増加数で22年は、20年に次ぐベスト・イヤーだった」とコメントした。

同社の紙の購読者はピーク時で約120万部だったが、デジタル版購読者は今やその約8倍だ。オンラインで影響力がある英語媒体であるがゆえに、アメリカの外にも読者が広がるビジネスモデルは、一体どこまで購読者を獲得することができるのか。

アメリカの全国紙から、世界の有力メディアという位置づけになれば、経営目標である27年1500万人という読者の獲得は可能な気がする。ウェブサイトによると、22年第3四半期末で読者は236カ国に広がり、社員が話す言語は55カ国語に及ぶという。

日本語の問題発言から世界的なスキャンダルへ

その影響力の一つの例が、先日の経済学者で米イェール大学のアシスタント・プロフェッサー、成田悠輔氏に関する記事だ。

「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」という彼の発言は、21年末のネット放送でなされたものだが、ニューヨーク・タイムズが2月に報道した途端、数日内にイギリスやドイツなどのメディアでも記事化された。日本語という特殊な言語圏で「保護」されてきた成田氏の問題発言は、ニューヨーク・タイムズの報道で世界的なスキャンダル発言となった。


成田悠輔氏に関する記事(ニューヨーク・タイムズより)

高級紙とはいえニューヨークのローカル紙だった時代とは、次元を超えた影響力を持つようになったことをを肌で感じる。

さらに同紙は、デジタル化によって紙ではできなかった機能を持つようになったことで、人々の生活の中でも大きな影響力を及ぼしている。

会員のみ公開の記事後半では、ニューヨーク・タイムズのさらなる成長を支えるポッドキャストやワードルなど、総合的な発信の事例を紹介。会員にはイベント参加無料、資料アーカイブへのアクセスなどの特典もあります。

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