老舗出版社からウェブメディアへ ネット時代の編集者の最強スキルとは
出版不況が言われて久しい昨今、「いい編集者がいなくなった」と聞くことは少なくありません。一方でコンテンツに関わる仕事を長く続けるなら、編集スキルは不可欠です。現代のプロの編集者はどんなキャリアを歩み、どんなスキルを身につけているのでしょうか。
デジタル・ジャーナリスト育成機構(D-JEDI)が毎月開催する「これからの時代のライティング・編集スキル講座」、9月25日(水)のテーマは「企画をカタチにする」です。
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長の常盤亜由子さんをお迎えし、アイデアや企画をどうコンテンツに落とし込むか、現代の編集者が身につけるべきスキルとは何か、を学びます。
紙からウェブへの時代の変遷と共に、伝統的な出版社とインターネットメディア双方にまたがるキャリアを積んだ常盤さん。その歩みからは現代の編集者像が見えてきます。
申し込みはこちら。
聞き手:D-JEDI理事 滝川麻衣子
インタビュー:伝統とテックが融合するキャリア
氷河期世代で「内定くれたのが出版社」
サブスクリプションサービスの立ち上げ責任者として、常盤さんが筆者の働くBusiness Insider Japan編集部(当時)にやってきたのは2019年秋のこと。
エンジニアチームや海外編集部とのやり取りを担うと共に、何人もの筆者の連載を抱えつつ、若手の育成、翻訳コンテンツ編集、ちょっとしたデザインやメディアグロースまであらゆるタスクをジャグリングのようにこなす「やり手」の編集者だった。
ただ、意外にも就職する前は「何がなんでも編集者」というタイプではなかったという。
「私はいわゆる就職氷河期世代。もともと出版社やメディアじゃなくてはイヤとは全く思っていなくて。正直、就職はどこかに引っ掛かればいいやくらいの感じでした」
社会人になったのは、就職氷河期まっただなかの1999年。とにかく職を得ねばと上場企業や外資メガテックなど必死に企業を回る中で、忘れられないのが総合商社の説明会での一幕という。
「女性の総合職は採用していないのでしょうか?との女子学生からの質問に対し、採用担当者が『女性は基本的に一般職です』と。女性の総合職エントリーはお断りの時代でした。それですっかり幻滅してしまって。
そんな中で最初に内定をくれたのが東洋経済新報社。採用してもらえるだけありがたいと、入社を決めました」
編集者の「型」を学んだ東洋経済
東洋経済ではビジネス書を担当。近代マーケティングの父として知られるフィリップ・コトラーによるマーケティングの入門書、当時ブームだったMBAの教科書、外資コンサル出身者の著書など、王道のビジネス書を続々と手掛けた。
「編集者として最初の型や心構えを学んだのが、東洋経済だったと思います。技術的なことを言うと、当時(2000年代初頭)は輪転機(製版にインクを載せて大量に印刷する機械)が回っていたり電産写植がまだ使われていたりで、デスクトップパブリッシング(DTP)の現代に使える技術はもうほとんどないんですよね」
では、今でも変わらない編集者としての「型」とはなんだろう。
「私にとってあくまで主役は筆者であり、編集者はそれに伴走するものです。やっぱり0→1を生み出す人は本当に尊いと思っています。だからこそ最大限リスペクトしたい」
2000年代初頭の出版社の雰囲気は「まだけっこう牧歌的だった」と振り返る。
「当時はAmazonもGoogleも日本法人が立ち上がったばかり。脅威とは見なされていませんでした。今思えば、まだ世の中が変わる前夜でしたね」
インターネット時代の足音を聞きつつも、順調に書籍編集者として歩んでいたある日、1本の電話がかかってくる。
大手出版社で生まれた焦り
東洋経済に入社してすでに6年目。それなりに仕事も覚え、一人前とみなされるようになる中で、自分の「これから」を考える時期に差し掛かっていた。
「小さな出版社で働く同年代の編集者と飲み会で話すと、昨日は出張で北海道の書店に営業に行ってきたよ、みたいな話が出てくるんです。私は本を作ってきたけど、どうやって売上を伸ばすのか全然わからない。正直、焦りがありました」
東洋経済は老舗の経済出版社。社内には専門の営業部隊があり、当時は分業制が当たり前だった。
「若気の至りもあって『もっと自分も荒波に揉まれなくてはいけない』と本気で思っていたんです」
かかってきた電話は、新興出版社からのヘッドハンティングだった。
誘われたのはランダムハウス講談社。アメリカの大手出版社ランダムハウスが日本市場進出を狙って、日本大手の講談社と合弁で立ち上げた出版社だ。「編集者として川上から川下まで経験できる」と言われると、もはや飛び込まない理由はなかった。
「もしドラ」という転機
ランダムハウス講談社にいたのは5年あまり。フィクション担当からポピュラーサイエンスにビジネス書と多彩なメンバーのいるチームで思う存分、書籍編集者としてのキャリアを築いたが、次の転機は「会社の経営危機」という思わぬかたちでやって来る。
会社がどうやら潰れそうとなると、抱えていた原稿2本を社長に直談判して「次の会社で本にさせてください」と自ら引き取った。ツテを頼って転職したのが出版大手のダイヤモンド社だ。
そこで常盤さんは、日本における電子書籍ヒットの草分けとも言えるプロジェクトに関わることになる。これが、トラディショナルな書籍編集者だったキャリアに、デジタルとテクノロジーという要素を色濃く加えていく、大きな転機となる。
電子書籍に明け暮れる日々
そのプロジェクトとは『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』発売に伴う電子書籍化プロモーション。後に270万部(紙+電子版)のベストセラーとなって「もしドラブーム」を巻き起こす企画だ。
中心は当時ダイヤモンド社にいた編集者で、その後退社し2011年にクリエイターのためのプラットフォーム、note(設立時はピースオブケイク)を立ち上げた起業家でもある加藤貞顕氏。
常盤さんがプロジェクト入りしたのは社内の雑談で意気投合したことがきっかけという。これを機にダイヤモンド社の電子書籍ビューア「DReader」の開発に携わることになる。2010年のことだ。
そこから2014年秋までのダイヤモンド社での日々は、紙の書籍も手がけたものの「とにかく電子書籍の可能性の追求に明け暮れた」。
「書籍という今まで紙しかやったことがなかった私の編集者人生の中に、デジタル的なものが初めてレーダーに入ってきたのがこの時期でした。プログラマーとの仕事はとにかくカルチャーが全然違う。開発にしても、当時はスカイプでやり取りしながら、テストアプリを使って検証して即リリースみたいにとにかく早い。デジタルの可能性を感じたのも、その頃でした」
ここはメディア会社ではない
ダイヤモンド社で電子書籍に携わった後、出産を挟んで選んだのは2015年当時の新興メディアであるNewsPicks。
長女が生後2カ月の時に、同じ東洋経済出身でNewsPicks初代編集長の佐々木紀彦氏に創業初期の編集部へと誘われる。そこでもテクノロジーとの連携は不可欠だった。
「入ってわかったのが、ここはメディア会社ではなくテックカンパニーだということ。Content is Kingではなくて、Engineering is Kingの世界。朝からスクラムをやります、スピーディーにクイックにプロトタイプを出しましょうの毎日です」
一年かけて書籍をつくるような紙の出版の世界から一転、スピード重視の上場直前期のテックカンパニーの洗礼を受けた日々は「編集者とエンジニアはお互いにリスペクトをもつことで、真にクリエイティブな仕事ができる」という、信念の基盤を作った。
その後、2019年に転職したBusiness Insider Japanでは統括編集長(当時)の浜田敬子氏のもとで、サブスクリプションサービスの立ち上げを手がけ、3年で黒字化を達成している。
2010年代はこうして書籍からインターネットメディアグロースへと、キャリアの幅を広げていった。
現状維持ではもはや意味がない
2024年9月現在、常盤さんは世界のビジネスリーダーたちに読まれているマネジメント誌『Harvard Business Review』(HBR)の日本版編集長として、紙の雑誌と電子版の双方の責任者を務めている。
その仕事はもはや、コンテンツ制作にはとどまらない。編集業務と並行しつつ、新しいテクノロジーを使ったコンテンツ活用など、新規ビジネスを仕込む複数の社内プロジェクトの責任者でもあるからだ。
「ヒット記事を作ってイベントを仕込んで、コツコツとコンバージョンさせていくという現状維持のやり方でも、サラリーマンなのでクビにはならないかもしれない」
「でも、これだけコンテンツが世の中にあふれる情報過多の時代に、自分たちは何のためにやっているのかというWILL(意志)がないと、この先続ける意味がどんどんなくなっていくと思っています」
それが、編集長として次のビジネスに挑み続ける理由でもある。
コンテンツビジネスに不可欠なスキルとは
エンジニアにセールス担当、コンテンツと、部門や専門性をまたいでチームを組み、新規事業の開発に打ち込む仕事の進め方は、ダイヤモンド社時代から貫くスタイルだ。
常盤さんの編集者としての強みは、伝統的な書籍編集者がベースにありつつ、エンジニアたちとタッグを組んだプロジェクトマネジメントを担える点にあるだろう。
これはデジタル化の波がメディアに押し寄せる時代に、編集者がテクノロジーを取り入れて、コンテンツを進化させていくためには不可欠なスキルに他ならない。
常盤さんにとってエンジニアは、編集者の指示で動く「作業者」ではない。
「記者編集者が自然言語のクリエイターなら、エンジニアはプログラム言語のクリエイター。私が自然言語で見ているこの世界を、データを扱うクリエイターはどう見ているのかに興味があります。この感覚を持てたことは、編集者としてすごく大きかった」
現代の編集者の役割とは何か
氷河期入社の常盤さんが、編集者として歩み始めてから四半世紀が経とうとしている。
この間に人類は、インターネットの出現により第4次産業革命とも言われるレベルの大きな変化を体験した。大規模言語モデルに基づく生成AIの登場で、コンテンツビジネスには、その存在すら揺らぐような激震が訪れている。
この変遷の中で、デジタルと距離を置きコンテンツだけを作っていればいいという「昔ながらの編集者」でいることは実質的に不可能だ。
どんな人も程度の差はあれ、デジタルの洗礼を受け、データやAIと向き合いながら「今の時代に必要なものは何か」を追求せずにはいられない。
冒頭で触れたとおり「いい編集者がいなくなった」と昨今、やたら言われる。出版不況のさなかで、出版やメディアがドリームワークだった時代の余裕のある働き方や人材育成が、もはやできないのは事実だろう。
ただしそこで縮小均衡していくのではなく、時代に合わせて自ら変化し時代の風を読むこともまた、編集者のあり方だと常盤さんの選択は物語っている。
「時代に則して読者もニーズも変わる。その時代にフィットするものは何で、誰に何を私たちが届けるべきかを定義することこそが、自分の仕事だと思っています」
セミナーは9月25日午後8時からオンラインで
D-JEDIセミナー「これからの時代のライティング・編集スキル講座 -企画をカタチにする-」は9月25日午後8時から。オンラインで開催します。
編集スキルは、編集者や編集者を目指す方だけでなく、社内外のコミュニケーションや発信などあらゆる場面で役立つユニバーサルなスキルです。ぜひ、ご参加ください。申し込みはこちら。