バズらせずに100万PVどうつくる?編集長の5つの決断
元BuzzFeed編集長で、雑誌記者、新聞記者の経歴をもつ小林明子さんが、ものづくりの会社へと転職したのは2022年4月のこと。転職先は、職人の手仕事を大切にする「土屋鞄」で知られるハリズリーだ。その小林さんが、ハリズリーで手がけたメディアOTEMOTOは、立ち上げから20カ月の、2024年4月に100万PV(ページビュー)を達成した。
ウェブメディア時代は、TwitterやYahoo!ニュースで「バズっている記事があれば筆者はこの人」というくらい、ネットでヒット記事を連発してきた小林さんだが、むしろOTEMOTOでは「バズに頼らない」手法を選んだという。
ゼロから立ち上げた無名のメディアが、20カ月で100万PVに育った背景を、小林さんの5つの決断からひも解いてみよう。
デジタルジャーナリスト育成機構では、そんな小林さんをお招きし、11月26日(火)のライター編集講座「バズらせない100万PVメディアのつくり方」をお届けします。
イーロン・マスク後のTwitter(現X)の変化など、SNSにも地殻変動が起きている時代の「メディアグロース」がテーマです。
デジタル・ジャーナリスト育成機構理事 滝川麻衣子
1.オウンドメディアか社会派か
社長の土屋成範氏からは、メディアについては「すべて任せる」と言われていた。入社4カ月の8月立ち上げを目指す中、小林さんがつくった企画書は2種類あったという。
「入社してすぐに、社内のいろんな人にどんなメディアが会社にあったらいいかをヒアリングしたんです。その結果、事業に直接的な貢献ができるメディア、いわゆるオウンドメディアがいいという意見と、メディアのことはよく分からないけど、何か面白いことやりたい。会社の製品とは全然別の、独立したものにしていいのではという意見と、大きく2つに分かれました」
事業に直結するオウンドメディアだと自社の社員を紹介したりECサイトにつないだりと、それなりに売り上げに貢献もできそうだ。一方、独立したウェブメディアにすると、もっと長期的なブランディングに寄与していくことになる。
「私としては事業に直結するメディアの方が確実だな…みたいな、ちょっとひよった気持ちもどこかにあって、こちらをプレゼンしたのです。ただ、社長からは『それって本当にやりたいことなの?』と言われました」
その一言が現在のOTEMOTOの、いわゆる社会課題にも切り込んでいくようなスタイルを決めることとなる。独立したウェブメディアの方向性で、企画書を作り直した。
「土屋鞄ってランドセルもジェンダーレスに選べるように約40色出しています。すぐにその色を選べるサイトに飛べるようなコンテンツも、出そうと思えば出せるのです」
しかしそこを、あえて社会的な視点で描くのがOTEMOTOだ。
「例えば校則問題について報じることで『ランドセルって何色を選んでもいいんだ』みたいに、人々の意識が変わっていく。意識が変わることで、例えばモノを長く使う意識とか多様性が根付いた文化がつくられていく。本当に土壌のようなところに働きかけるメディアですね」
2.数値目標は高く
メディアをつくるにあたり、数値目標をどう置くかは大事な決断だ。
「当初、月間20万PVくらいをイメージしていたのですが、社長からは100万PVと言われて。絶対無理!と感じましたし、正直100万という数字にどれぐらい意味があるのか?とも思っていたんですよ」
月間1億PVを誇っていたBuzzFeed Japanのようなメディアならば、数字はそのまま収益に直結した。しかし立ち上げたばかりの無名のメディアが、プラットフォームと連携し、PVに応じてレベニューシェア(成果報酬)をもらう様式は考えにくい。
しかし、毎月10-15本のコンテンツを積み重ねていくうちに、Yahoo!JAPANなどのプラットフォームで、派手な釣り見出しとは無縁の「ものづくり系の記事」も読まれるようになった(詳細は後述)。その関連記事からの流入とサイト改善によって徐々に内部回遊が増えていく…との流れが生まれたという。
「社長の掲げた100万PVにも一理あるなと思いました。自社事業に直接結びつかないメディアをやって、結果を何で見るかというと数字です。そしてやはり100万という数字にはメディアパワーがあるわけです」
「ただ単に、自分たちで素敵なメディアを作りました、というだけで数字が伴わなければ、その後の活用も考えづらい。やはりストイックに数字を追っていくことにはちゃんと意義があると、改めて思うようになりました」
3.X(Twitter)依存をやめる
2010年代のウェブメディアにとって「Twitterでバズる」ことは、PVを伸ばしていくには重要な手段だった。Twitterでいかに読まれるかが勝負を分けると言っても過言ではなかったのだ。
しかしイーロン・マスク氏がTwitterを買収後の「X」では、その様相はメディアにとって厳しいものに変わり始める。一例として、2023年10月には記事のURL投稿をしても記事タイトルが表示されず、どのメディアなのか、中身が何なのかもわかりづらい…という事態が起きた。
「Twitter(X)からの記事流入は10分の1になりましたね。これはまずいと、すぐに手を打ちました」
サイト制作会社に内部回遊を強くできるよう開発を依頼し、タイトルもプラットフォームに最適化して複数用意できるようにした。記事の作り方も変えたという。
「(X上の)トレンドになっているネタとか『今日書いたら絶対にX上で読まれるのは間違いない』というネタを、当初OTEMOTOもやっていたんです。けれどそれをやめて、腰を据えてものづくりを取り上げ、そうした記事のファンが増えることを目指しました」
X依存からの脱却の体制を早期に作ったことが、100万PVに結実したのは周知の通りだ。
4.どんな会社にもある「社会」を描く
現地に出張で足を運び、じっくりとものづくりの現場を取材する記事は、OTEMOTOの持ち味だ。バズるタイプのコンテンツではないが、読まれるようになったのにはどんな工夫があったのか。
「一番最初から意識していたのは、ものづくりの現場に取材して、単にその人の仕事のことだけを書くのではない、ということですね。その人の仕事ぶりから、そうじゃない業種の人、普通のサラリーマンでも使えそうな仕事のTipsって何だろう?を描きます。
例えば上司と部下の関係や、分業について、クリエイティブにどれだけ力を入れるか?だったら、その会社を知らなくても自分ごとですよね」
ものづくりの会社やお店、働く人にある、社会につながる「普遍性」や「身近な関心事」を描くのが、小林さんのつくるコンテンツの魅力であり、OTEMOTOが多くの「オウンドメディア」とは一線を画す点であることは間違いない。
木村石鹸は、働き方と採用のトピックにフォーカス。
カシミヤニットのUTOで取材は、ニットの洗い方を習う。
ランドセルも出てくるけれど、テーマは親なら悩む「学校に行きたくない」と子どもが言ったらどうするか?
美容師さんの話もサステナブルビジネスへと連なっていく。
「社会性」の切り口を見つけると言うと、高度な企画力が求められそうだ。
しかし小林さんにとっては、友達に「ねえねえ、あんなことがあってさ」と語りかけたいようなことこそが、企画の切り口だという。
「取材で出てきた言葉に何かドキドキしたとか、自分自身が感動したことは、他の人の感動につながるかもしれない。私自身、ただ単に自分の感動で書いている記事はたくさんあります」
5.コンセプトは徹底的につくり込む
メディア立ち上げ「以前」のコンセプトこそ、つくり込まれている。
OTEMOTOのコンセプトは「いつも視点は、手もとから」。ハリズリーグループ傘下の老舗革製品ブランド「土屋鞄製造所」のクリエイティブに関わる同僚をはじめ、社内外の人たちを巻き込み、無数のアイデアを出し合い議論に議論を重ねた。
コンセプトには「いつもスマホに落としている視線を、10年先、30年先、50年先の未来にも向けることを意識したい」との思いが込められているという。ものづくりにちなんだ「手」やEMO(エモーション)が含まれているのも、印象的だ。
そんなハリズリーグループの理念、ビジョンとも接続させ、OTEMOTOは自らの役割を「情報のものづくり」と定義する。
100万PV達成により「メディアとしてのパワー」を築き上げたOTEMOTOのここからは、このパワーをどう使っていくのかに移りつつある。
「意思を持っている企業がメディアを持っているということは、意外と私が思っていた以上に評価されている手応えがあります。今現在も、他企業とのコラボや企画を進めているところです」
OTEMOTOが仮に、自社製品の宣伝に終始するオウンドメディアだったら、ここまでのパワーをつくることはできなかっただろう。同時に会社の理念と緻密に連動したコンセプトやそのコンセプトに貫かれたコンテンツのメディアでなければ、事業貢献の糸口にはなり得なかっただろう。
長年のメディア業界を経てものづくりの世界に飛び込んだ小林さんが、イチから築いたメディアは、数字の追求と緻密なコンセプトという、絶妙なバランスの中で成立しているのだ。
デジタルジャーナリスト育成機構では、そんな小林さんをお招きし、11月26日(火)のライター編集講座「バズらせない100万PVメディアのつくり方」をお届けします。メディアづくり、グロースにご興味の方はぜひお越しください。