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低予算でも戦える動画成功の鍵は何か アルゴリズム理解と高速PDCAで成長したRICEメディアの次の戦略

「プラスチックなしで生活できるか」などの体当たり企画から「対馬に漂着する大量のゴミ」などのルポまで、ショート動画で社会課題を伝えてきたRICEメディア。大手メディアを上回る再生数のコンテンツも多く、急成長してきました。

代表のトムさん(廣瀬智之氏)自身が出演し、YouTubeやTikTok的な軽いノリとテンポの良いフォーマットの裏には、アルゴリズム理解と高速PDCAがあります。デジタルジャーナリスト育成機構(D-JEDI)は1月28日にトムさんを招いたオンライン講座を開催します。

「RICEメディアを成長させるために、次の戦略が必要」と語るトムさんに講座を前にこれまでの成長の背景とこれからについて語ってもらいました。

聞き手:古田大輔(D-JEDI理事)


若者世代に届くメディアから次のステージへ トムさんインタビュー

ジャーナリスト志望、どうやって「興味がないもの」を届けるか

古田
トムさんはもともとはジャーナリスト志望で、大学生の頃から自分で途上国へ取材に行って写真展などもしていました。動画発信を始めたきっかけはなんですか?

トム
写真展や報告会などをやってたんですけど、当時のネットの情報の取り方って基本的に自分から検索するとか、Twitterも自分からフォローする必要がありました。情報の受け手側が興味があるものを選択する社会でした。だから、興味がないものを届けるって難しい状況でした。

学生時代のトムさん(右)

興味がある人に届けることは大事ですけど、自分のやりたいことは、世の中でまだ知られていない問題を、それほど興味を持っていない人にも広げることでした。特に若い世代です。どうやればいいか考えているときにちょうどTikTokが人気になってきました。

「潜在的関心層」にも届くショート動画に注目

古田
TikTokが話題になったのが2018年ごろからですね。何に興味を持ったんですか?

トム
自分の周りにも投稿してバズる人たちが出てきて「ショート動画って、従来の情報の取得方法と全然違うぞ」と教えてもらったんです。自分が知りたいものを検索して見つけるんじゃなくて、TikTokがお勧めしてくる動画を見る。

わざわざ検索するほど興味ないけど、流れてきたら別に興味なくはないから見るみたいな人、僕らは「潜在的関心層」って呼んでるんですけど、うまく活用すればそういう人たちに届くんじゃないかと。

古田
最初に人気になったのはダンス動画とかでしたけれど、RICEメディアでやるような社会課題を伝える系の動画もいけると思ったんですか?

トム
最初はダンス動画でしたけど、その後に「知識系」が流行ったんですよね。例えば、古代文明とか歴史について解説するとか。大手企業に入るのにはどうしたら良いか、質問に答えるとか。いろんなところに行ってVlog(ブログの動画版)で伝えるとか。フォーマットとして、喋り中心で展開するのが流行って、ぼくの周りでもそういう配信者がいました。

最初は参入者がメチャクチャ少なかったんで、今よりバズりやすかったんです。すぐに数万~数十万回ビューが回る時代で。「発信したいことがあるなら、絶対使った方が良い」と勧められました。

ディズニー映画のジェンダー解説がいきなりバズる

古田
最初はどんな動画から始めたんですか?反応は?

トム
ソーシャルグッドトム」という個人アカウント作って、TikTokっぽい面白ハイテンションな感じで世界のニュースを解説するような動画を上げてました。2020年6月からです。

TikTokの個人アカウントで発信を始めた

最初に話題になったのは、「ディズニープリンセスの価値観がアップデートされまくってる」という動画です。かつてのプリンセスは「最終的に王子様と一緒になって幸せ」みたいな話だったけれど「モアナと伝説の海」では王子様は出てこずにモアナが主体的に冒険して怪物を倒す話だし、「実写版アラジン」ではアニメと違って、プリンセスが「自ら声を上げていこう」と社会運動の盛り上がりを意識する内容になってるよ、という投稿です。

開始からまだ1ヶ月経ってなくて6本目の投稿。フォロワーもほとんどいなかったのにLikeが3万8000を超えました。学生時代に開いていた展覧会や講演会だとどんなに頑張っても200人。「これはいける」と思いました。それから「1ヶ月プラスチックなし生活」という連続投稿も話題になりました。

過程も失敗もすべてアップ 成功事例はすぐに参考に

古田
RICEメディアを作ってからもやっていた企画ですね。連続投稿をする企画というのは何か参考にしたものがあったんですか?

トム
当時のショート動画で「おじさんが禁煙に挑戦する」というのがあったんですよ。手をプルプル震わせながら1日目、2日目と動画を投稿していくんですが、途中で我慢できなくなって吸っちゃって、それも動画に上げてた(笑)。これが面白かったんですよね。過程も失敗もすべてアップする。

2021年7月に投稿を始めた「プラスチックなし生活」はライブドアニュースに取り上げてもらって、Twitterのトレンドにも乗りました。メディアの人たちにも関心を持ってもらえるんだというのも自信になりました。

古田
それがRICEメディア設立に繋がったんですね。

当初は報道スタイルでまったく伸びなかった

トム
いや、RICEメディアの設立は2020年12月です。大学は2018年に卒業して、社会課題解決に取り組むソーシャルビジネスを展開するボーダレスジャパンに新卒で入りました。様々なソーシャルビジネスの立ち上げに関わり、ビジネスプランの立て方などを学びつつ準備していました。

RICEメディア自体は最初はショート動画ではなくて、いわゆるカッチリとした報道っぽい動画を出していました。それがまったく伸びなかった。3ヶ月ぐらい色々と試して、PDCAを回して、それでも伸びない。

RICE MEDIAのYouTube

2021年4月から個人アカウントの経験を活かして、TikTokやYouTubeのショート動画っぽいフォーマットに変えました。そしたら「こっちのほうが面白いよね」と反応が出てきた。

古田
伸びなかったのはどんなフォーマットですか?

トム
インタビュー形式です。例えば、ヤングケアラーについてだったら、当事者にインタビューして、質問とその人の回答を交互に映すみたいな。全体で1分から1分半ぐらいにまとめて、当時はTwitterでバズらせようと思って「リツイートがついた数だけ植林する」というキャンペーンもやってました。

当時の仮説は「社会問題に対してみんな無関心ではないだろうから、1分なら見てくれるだろう」でした。でも伸びない。そこで思い切って方針を変えました。

古田
シリアスな社会問題を面白いノリで伝えて良いのか、みたいな議論が内部であったのでは。

「社会課題への入口を作るメディア」自分たちのミッションを突き詰める

トム
そこは凄く考えました。僕の解釈としては「役割分担」です。

RICEメディアの社会に対する使命は「社会課題に関心を持つ入口を作っていくこと」です。真面目なコンテンツはすでに世の中に溢れてる。今、何が足りていないんだろうと考えると「社会を知るって面白いな」と思ってもらえるコンテンツです。そういうコンテンツをエンタメ的に作るプレイヤーが圧倒的に足りていない。

だから、僕達はそこを担おうと。もちろん、社会課題の中にはエンタメ的に扱うのが難しいものもあります。人権や命に関わる分野とか。同時に、自分たちの身の回りから繋がっている話題もある。食品産業の裏側とかごみ問題とか。そういう話題をまず扱っていこうと考えました。

まずは見てもらって、ファンになってもらって、社会を知るって面白いんだと思ってもらう。ここからは僕らも今からなんですけれど、コミュニティ化していって、長尺動画とか、政治も含めてより幅広い課題を伝えられるようにステップアップを踏むのが良いという計画です。

古田
自分たちのミッションを考え、コアなターゲットを考え、そこに最適化したコンテンツから徐々にやれることを広げていく。そういう考え方はどこから学びました?

ビジネス経験で身につけたマーケティング思考

トム
2 つあります。一つは学生のときから報道を志して展覧会などをやっていた経験です。途上国問題に関心があって、自分でも現地を回って取材して伝えるんですけれど、日本の人たちに関心を持って見に来てもらうのが難しい。どうやったらより多くの人に届けられるんだろうということを常に考えていました。

もう一つは、ビジネスを経験したことです。これは新卒で報道に行ってたらできなかったことかもしれません。学生時代には考えてもわからなかったことが、ビジネスの経験を積むと分かってきます。

サービスを成長させようと思ったら、嫌でもマーケティングをやらないと勝てない。ターゲットは誰でペルソナはどうでという解像度を上げていく。ユーザーのインサイトを考え、そこに届くプロダクトやデザインを作っていく。そういう事業設計はビジネスをやっていく中で学びました。これって、ビジネスをやっている人であれば当たり前ですよね。

古田
実際にサービスを成長させるうえで、どういう数字に着目しましたか?

最後まで見てもらえるか 再生数よりもエンゲージメントで分析

もちろん、再生数やインプレッションを伸ばしていきたいんですけど、結局、僕達が数字を伸ばせなかったときの課題って、動画を最後まで視聴してくれる人がほとんどいないということでした。3~4%ぐらいの人しか最後まで見ていなかった。ツイートしてもらっても、動画は最後まで見ていない。

じゃあ、どうやったら最後まで見てもらえるだろうと考えました。例えば、同じようなトピックで動画を撮影するにも、人にフォーカスしたほうが良いのか、それとも課題そのものにフォーカスしたほうが良いのか。当事者がでてきた時の反応はどうか。「いいね」の数やコメントなど、エンゲージメントがどうやれば上がるか、PDCAを回しました。

構成にしても、例えば、動画がヌルっと始まって何の動画かわからなければ、人はすぐに視聴を止めます。だから動画の初めにタイトルやキャプションをポンポンとテンポ良く入れていくとか。そういう改善をしたら、どの数値がどれだけ改善されるのか。毎回、仮説を立ててそれを潰すような作業を一通りやりました。

古田
一通りやるのに、どれだけの本数がかかりました?

トム
20本ぐらいですね。

古田
ビジネスモデルを考えるときに、プロダクト1つにかかるコストって重要ですよね。どれぐらいの時間とコストで動画1本を作ってました?

弱小でも高速PDCAを回せるショート動画

トム
そこがショート動画の良いところで、僕たちみたいに弱小で人もお金もほとんどないところでも、低コストで作れます。長尺と比べると圧倒的に工数が少ない。メディアの方に話すといつも驚かれるんですが、企画台本づくりに2時間、撮影が1~1.5時間、編集が2.5~3時間ぐらいです。

撮影の様子

PDCAサイクルを早く回すことを考えても、1本にかける時間はできるだけ短いほうが良い。どんどん出して、その結果から学べます。そのスピード感が僕達のような組織の強みです。

古田
今後は長尺動画や政治など幅広いテーマにも取り組んでいきたいという話がありました。昨年は東京都知事選、総選挙、兵庫県知事選とネット動画が政治に与える影響にも注目が集まりました。

報道倫理を持ってネットの世界に挑む

トム
今の時代は「何が本当に正しいか」よりも「ネットで声が大きいものが正義」に向かっているように感じます。ネットで社会的にも正しい、社会正義に則った発信ができる人たちがいるなら良いんですが、それぞれの好き勝手な主義主張がどんどん大きくなっている。そして、信頼性などの面で圧倒的だったマスメディアがそれに負けていっている。

では、ポストマスメディアの時代に誰が信頼性のある発信を担うんだろうという危機感を持っています。RICEメディアでそこを担えるのか。壮大過ぎる話ですが、避けては通れません。

古田
注目度の高い人が注目度の高いことについて、裏付けはとれていなくても喋りまくる。そういうコンテンツが人気なのが現状です。

トム
そこには報道倫理とか全く存在しないわけですよね。報道機関がそれを守っているうちに、何でもありのプレーヤーと比べたら、圧倒的に不利な状況になっている。

だからこそ、報道倫理を持つ人達が、そのプレーヤーたちに負けないコンテンツを作らないといけないですよね。ショート動画のようなものの存在がどんどん大きくなっているんだから。そうしないと、本当に飲み込まれてしまって、正しい声がどんどん届かなくなってします。

古田
影響力を持つためには事業を大きくしていく必要がありますね。

事業成長のための戦略 収益性の高い長尺動画へ

トム
僕らもこの1年、事業をスケールするために体制を変えて、出演者や企画者を増やしています。事業的に考えると、出演は僕という属人性は減らしていきたい。一方で、ネットでは属人性があったほうが数字が取れる。結局、「トム」のインフルエンスを大きくしていったほうが良いかもしれないとも思います。

現在のRICEメディア

インフルエンサーとして勝負できて社会性もある人やメディアを成長させるって難易度が凄く高いです。でも、やらないといけない。僕達だけでは無理なことはマスメディアの皆さんと一緒にできることはぜひ協力してやっていきたいです。

古田
事業を大きくするためには収益の話も避けられません。ショート動画はリーチは高いですが、収益性が厳しいですね。

トム
はい。現状は7人体制で、ショート動画で黒字運営なんですが、ここからスケールさせるのが難しいです。長尺動画に着手するのは収益性を伸ばすためでもあります。タイアップは長尺のほうが単価がずっと高いので。

ただ、ショート動画と違って長尺をそれほど興味がない人に見てもらうのは非常に難易度が高いです。「社会課題に関心を持つきっかけづくりをする」という自分たちのミッションや事業的にも矛盾しているところがある。その部分のビジネスモデルをどう作るかを考えています。

非常に難しいです。だけど、本当に世論にも影響するぐらいのメディアに成長したいという思いがあるので挑戦します。企画力がある良いメンバーが揃っているので、すごく面白いものができるのではないかと思っています。

古田
これまでのRICEメディアとは違うタイプのコンテンツになりますね。

若者世代がメチャメチャ見る政治系ニュースチャンネルを

トム
これまで通り、関心を広げていくタイプのコンテンツももちろん続けます。ショート動画や長尺や多様なテーマを1つのチャンネルで完結させるのは難しいので、新しいメディアをつくることも考えています。

古田
兵庫県知事選などで政治的な動画もかなり見られることがはっきりしてきました。YouTubeでニュースを見る人が増えて、関連動画にも上がりやすくなった。チャンスとも言えるのでは。

トム
そうですね。僕達はショート動画のアルゴリズムをハックしてどうやれば関心がそれほど高くない人たちにリーチできるかを考えてきましたが、もともとアルゴリズムって個々のユーザーが関心を持ちそうなコンテンツを届けるものですよね。

それでいうと、政治に興味がある人はもともと一定数いて、その人達に動画を届けられるようになって、アルゴリズムによって関連動画やホーム画面にも出やすくなって、より広く届けやすくなっているというのはあると思います。そういうツール側のアップデートの一方で、発信側のアップデートが上手くいっているのかはわかりません。

ただ、今も若者層がメチャメチャ見ている政治系のニュースチャンネルとかはないですよね。僕達のショート動画は10~20代が見てくれている。そういう層が集まる長尺動画や政治系のコンテンツやチャンネルを作りたいです。

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トムさんをお迎えする1月28日のオンライン勉強会の申し込みはこちら。

トムさんは「メディア業界で働く若手の人たちが自分たちの業界に希望を失い、志望者も減っている。状況は厳しい。だからこそ、どのように変えていけるかを一緒に考えたい」と話しています。ぜひ、ご参加ください。