オープンデータ活用術 情報を記事に結実させるには
NHKで公金をテーマとした調査報道をライフワークとし、数々のスクープを放ってきた熊田安伸さん(現SlowNewsシニアコンテンツプロデューサー)による人気連載「取材や調査に役立つオープンデータ活用術」(全37回)が、5月で完結しました。
2022年12月に出版した「記者のためのオープンデータ活用ハンドブック」(新聞通信調査会)に加筆修正。調査報道や資料収集に役立つこの連載を目当てにデジタル・ジャーナリスト育成機構(D-JEDI)の有料会員になった方も多いでしょう。
連載終了を機に、熊田さんと同じくD-JEDI理事である古田大輔が連載の読みどころ、特に使ってほしいツールや使い方などを聞きました。
文:古田大輔
インタビュー「オープンデータを記事に結実させる」
「冴えない事件記者」が見つけた生きる道
古田:そもそも熊田さんがオープンデータ取材に関心を持ったきっかけはなんでしょうか?
熊田:NHKでの最初の赴任地が沖縄で、1年目は警察担当でした。先輩たちがめちゃくちゃ優秀で、当局に食い込むのが得意な人ばかり。1年目の終わりには自分にはとても真似できないと悟りました。冴えない事件記者だけど、事件取材はやりたい。そこで、当局の人から情報をもらえないならどうしたらいいかを考えたんです。
当局の人がどうやって情報を入手しているかを学び、自分も同じことをすればいい。先輩たちと違って食い込めていないから、事件のネタは教えてもらえない。でも、ネタの調べ方は聞くと教えてくれました。他にそんなことを聞く記者がいなかったんでしょうね。
沖縄の国税事務所には東京からエースが投入され、地元のベテランたちもいた。彼らは沖縄の人たちにネタ元を作るというだけじゃなくて、オープンデータを片っ端から見てたんです。テレビとか雑誌とか。例えば「芸能人のお宅訪問」みたいな番組がありますよね。それで生活実態を調べて、納税記録と付き合わせる。そういう資料調査のコツを教えてもらいました。
(熊田さんが「まずはこれから調べて」とお勧めするのが「官報」。国レベルから個人レベルまで膨大な情報が毎日発行されている)
登記簿謄本を調べまくってスクープに
古田:新人の事件記者だと、ひたすら当局の人を回って情報をもらおうとしがちですよね。僕もそうでした。
熊田:僕はそれを止めて、ひたすら資料を調べ、事件関係者そのものを回ることにしました。当時は法務局にいけば500円で倉庫に入って登記簿謄本が閲覧し放題でした。NHKのオフィスにもほとんど寄り付かずに、毎日ひたすら資料を調べてました。
そうしてとったネタにはこんなものがあります。
当時、政界の大物たちの関与が取りざたされて大問題となっていた「佐川急便事件」という汚職事件がありました。裏金となった5億円が沖縄での土地転がしによって捻出されていたことが分かり、沖縄県が捜査当局に告発するのですが、それを事前に察知して全国ニュースのトップ扱いで報じました。
これは一見すると当局取材によるものに見えますが、登記簿で情報を徹底的に洗い出し、ブローカーなど事件関係者にも当たりまくって情報を固め、それで当局と対等になることができたからこそ書けた記事です。
オフィスにも記者クラブにも全然顔出さないから熊田は何をしてるんだと言われそうですが、3カ月に1回全中のスクープを出せば文句は言われない。
その後もやはり登記簿と関係者取材を繰り返し、別の地方局の若手記者から取材方法を教えてくれなどと言われ、オープンデータによる調査報道にのめり込むようになりました。
沖縄には5年いましたが、最初の3年半で調べ方の手法を確立し、そこからは自分の出したいタイミングで、出したい記事が書けるようになりました。
(登記簿も使い勝手の良い資料。詳しいことはこちらの記事で)
当局に依存しない取材 組織の縦割りを超える横断的な情報収集
古田:それだけスクープが取れるようになったのは、何が一番大きかったんでしょう。
熊田:当局に依存しない取材ができるようになったことですね。当局の人も結局、情報を持っている記者にしか話さないじゃないですか。自分でオープンデータで独自に調べて、その上で当局に当たれるようになりました。
その後、東京に行って国税担当になりましたが、各社の社会部エースが集まっていて、最初は1面トップの特落ちを繰り返しました。でも、ここでも3年目で自分なりの財務諸表の読み方を編み出し、帝国データバンクや東京商工リサーチなど、各新聞社の記者がネタ元にしている人たちの調べ方を学んで、独自の調査報道を放てるようになりました。
沖縄の国税事務所のときと一緒です。帝国データバンクや東証の人たちが調べている建設業許可申請書などのオープンデータの存在を知って、それらの情報を組み合わせることで、自分から当局にネタを持ち込むことができるようになりました。
一方で、当局が大した事件じゃないと思っているものでも、記者の目から見ると大きな問題をはらんでいるケースも多いことを知り、そういう報道にもシフトしていきました。
古田:ただ、そういう資料の存在自体は他の記者も知っていますよね。熊田さんの強みはどこにあったんでしょう。
熊田:知っている記者はいるんですが、組織の縦割り構造の中で、横断的に資料を調べられる人って意外にいないんです。
社会部や経済部でそれぞれ知っているものが違い、お互いにあまりノウハウを共有していなかったんです。
(上場企業も非上場企業もそれぞれに調べるツールがあります)
良い意味での「手抜き」 悩める若手に知ってもらいたい
古田:僕は朝日新聞で社会部や特派員を経験し、デジタル編集部に移ったときに、海外のセミナーなどに参加してデジタル報道の手法を学びました。
熊田さんの場合は、現場取材をしていた頃から紙の「オープンデータ」を活用し、それがデジタル化によってネットからでも手に入るようになったという順番なんですね。
熊田:そうですね。かつては役所に直接行って入手していた資料が、今ではオンラインで手に入るものが増えている。けれど、あまり知られていない。この連載を見て、良い意味での「手抜き」をして欲しいんです。
イチローさんが「僕は練習が嫌い。だから練習を僕に引き寄せて継続できるやり方を考える」と話していました。冴えない事件記者だった私が、どうやったら当局に頼らずに取材ができるかを考えて行き着いたのがオープンデータでした。
ただ、「冴えているか」と言われると、オープンデータも泥臭い取材なんですけどね。
報道の世界に入り、当局取材をしても食い込めない、壁を突破できない人が多いですよね。私もそうでした。その段階で諦めて辞める人もいるけれど、こういうやり方もあるということを知ってもらいたいんです。
(地方の新人でもツールを使いこなせば、こんな切り口で取材が可能。熊田さん曰く「お手本のような記事」)
全国の優れた事例から直接学ぶ
古田:熊田さんは毎年、報道実務家フォーラムでオープンデータに関する取材手法を講演したり、全国の新聞社などでのゲスト講師なども勤めています。新しいツールや取材手法をどうアップデートしているんですか?
熊田:沖縄時代も東京の社会部時代も、捜査当局はどうやって情報を得ているのか、という視点で情報収集法を学びました。今は全国の優れた調査報道の事例を見つけるたびに、記者ゼミやJフォーラムの講師を探すという名目で、記者の方に直接声をかけて教えてもらっています(笑)。
例えば、朝日新聞の「元助役関与2社、原発工事110億円受注 関電金品受領」。これは関西電力幹部への高浜町助役の資金提供に関するニュースで、元々は共同のスクープです。でも、朝日の追っかけが素晴らしかった。
助役が相談役や顧問を務めた2社が関電側から計110億円超の原発関連工事を受注していたことを、過去3年分の工事経歴書から調べています。
それと、スタートアップのピッチを聞くのも勉強になります。便利なサービスが次々と開発されていて、その中には取材の役に立つものが多いです。
(「工事経歴書」は民間同士の取引がわかる貴重な資料だ)
ラストワンマイルを埋めて記事に結実させよう
古田:連載ではオープンデータだけでなく、情報源の作り方も紹介していますね。
熊田:オープンデータで資料を集めるといっても、実は「ラストワンマイル」こそが大事ですからね。情報を得ることができる記者はたくさんいますが、記事に結実させることができる記者は実は少ない。
昔はこういうことこそOJTで先輩たちと取材しながら学んでいきましたよね。人との付き合い方は結局、経験から学ぶしかない。ただ、どういうやり方があるのかについて、私が30年間の記者人生で得たノウハウを書きました。
登記簿などで辞めた役員を調べ、現役社員を紹介してもらい、組織図を入手し、人事を把握し、情報源を開拓する。当てどきの確認からリーガルチェック、そして最後の報道まで、参考にしてもらいたいです。
(ラストワンマイルを埋めるための人への取材のノウハウも紹介)
連載37回の見出しと目次を一気に紹介
37本の記事はマガジンにまとまっていますが、どの記事でどんなツールが紹介されているかを確認するのが大変。そこで各記事の見出しと目次の一覧をまとめました。ぜひ、活用してください。
【第1章】①国の事業や支出先を調べる
「行政事業レビューシート」を使う
「JUDGIT!」を使う
行政事業レビューシートの弱点
「基金シート」にも注目を
【第1章】②官報は凄いツール
「官報」は使えるツールです
「官報情報検索サービス」の申し込みは
実際に官報検索で調べてみる
調達を公表する基準はWTOに
「官報検索!」という無料サイトもあるけど……
【第1章】③国のデータがまとまっているサイトは
「e-Govポータル」を使う
「DATA GO.JP」を使う
「Open Government Partnership」とは
【第1章】④地方自治体の事業を調べる
「主要な施策の成果」を使う
「事業評価シート」は地方版の行政事業レビューシート
「地方財政状況調査関係資料」を使う
「予算・決算の対比」
「決算カード」
「地方公共団体の主要財政指標一覧」
「基金残高等一覧」
「自治体財政講座」で学ぶ
【第1章】⑤入札を調べる
まずは基本の入札調書を入手しよう
入札に問題があるかをどう見極めるか
まさかの「100%落札」とは
「入札情報サービス」を使う
「調達ポータル」を使う
「NJSS(入札情報速報サービス)」を使う
「審決等データベース」を使う
【第1章】⑥補助金を調べる(前編)
「主要な施策の成果」を使う
「補助金調書」を使う
【第1章】⑦補助金を調べる(後編)
「実績報告書」を使う
国の補助金を調べるサイト、まとめました
「補助金返還命令書」を使う
「補助金総覧」を使う
「これから募集する補助金」の情報はネットで無数に
【第2章】①社団法人・財団法人を調べる(前編)
どんな情報が入手できるのか
「一般社団法人」の闇とは
社団法人、財団法人が公表している情報
【第2章】②社団法人・財団法人を調べる(後編)
「公益法人Information」を使う
「立ち入り検査報告書」を使う
「指導文書」を使う
「公益法人の指導監督基準」を使う
社団法人・財団法人への事業委託の問題
【第2章】③NPO法人を調べる
NPO法人の情報のありかは、その種類による
「内閣府NPOホームページ」を使う
NPOの「改善命令の要件」でチェックする
【第2章】④社会福祉法人、独立行政法人、国立大学などを調べる
社会福祉法人を「WAM NET」で調べる
独立行政法人はそれぞれのホームページで調べる
国立病院機構の施設を調べる
国立大学法人もそれぞれのホームページで調べる
【第2章】⑤事件記者的な「財務諸表」の読み方
「損益計算書」「正味財産増減計算書」を眺めてみよう
「管理費」をチェック
「過年度法人税」をチェック
「未払法人税等」をチェック
「破産更生債権等」をチェック
「投資有価証券」をチェック
「土地」「建物」もチェックを
「重要な会計方針」をチェック
【第3章】①上場企業を調べるためのツール
「EDINET」で上場企業を調べる
「適時開示情報(TDnet)」で速報を入手
【第3章】②非上場企業を調べる(前編)
「gBizINFO」でさまざまな企業情報を調べる
「官報決算データベース」で決算公告を入手
【第3章】③非上場企業を調べる(後編)
「建設業許可申請書」には膨大な情報が
「建設業情報管理センター」にも基本情報が
法人登記簿、ここが記者的ポイント
【第3章】④民間企業どうしの受発注を調べる
「工事経歴書」は民間の取引が調べられる
「建設業許可申請書」入手のコツ
「施工体制台帳」「施工体系図」も重要
今回紹介したテクニックを駆使した報道
【第3章】⑤企業の「働き方」を調べる
「しょくばらぼ」で働き方を調べる
「女性の活躍推進企業データベース」で企業比較
「若者雇用促進総合サイト」でホームページがない企業の情報も
【第3章】⑥製薬会社が医師に渡したカネを調べる
製薬会社が医師に提供したカネを調べるためのツール
データベースでこんなことが調べられる
データベースは新たな報道の形でもある
【第3章】⑦情報源の作り方(前編)
ステップ① 閉鎖登記簿などで辞めた役員を調べる
ステップ② 現役社員を紹介してもらう
ステップ③ 組織図を手に入れる
ステップ④ いよいよ情報源の開拓
【第3章】⑧情報源の作り方(後編)
ステップ⑤ 真実性の確認
ステップ⑥ 証言の入手
ステップ⑦ 当て時の確認
ステップ⑧ リーガルチェック
ステップ⑨ 報道へ
情に訴えない、人は義や利で動く
【第4章】①今さら聞けない不動産登記簿のイロハ
土地や建物を調べる基本ツール「登記簿」
「登記情報提供サービス」を使う
「登記簿図書館」を使う
登記取得の際の注意点
不動産登記簿、ここが記者的ポイント
【第4章】②不動産の価格を調べるためのツール
「不動産取引価格情報検索」を使う
「ディールサーチ」で取引価格を知る
「国有財産の売却情報」で第二の「森友」を探せ
「BIT不動産競売物件情報サイト」を使う
「空き家・空き地バンク総合情報ページ」を使う
「eMAFF農地ナビ」を使う
「Real Capital Analytics」で世界の不動産を知る
【第4章】③建物の情報を調べるためのツール
「建築計画概要書」は建物データの基本
「建設データバンク」を使う
【第5章】①個人の情報はどう調べるか
「旅券の返納命令」を官報で調べる
国会議員の本名を知る
「自己破産」を官報で調べる
「公務員の経歴」を官報で調べる
「公務員の免職」「教育職員の免許取り上げ」を官報で調べる
「行旅死亡人」を官報で調べる
「帰化した人」を官報で調べる
「国際テロリスト」を官報で調べる
【第5章】②日記・メモ・自伝・論文は第一級の資料
なぜ姉妹は孤立して亡くなってしまったのか
災害の検証報道にも有用
「自伝」「論文」の宝庫が存在
【第5章】③連絡先や個人事業主を調べるツール
電話番号や住所を調べる
個人事業主を調べるツール
個人の取引を調べるためのツール
【第6章】①政治団体の基礎知識と調べ方
政治家の団体には4種類ある
政治家の懐具合が分かる「四つの文書」
【第6章】②政治資金を調べるためのツール
「政治資金センター」のサイトで調べる
「WARP」を使う
「官報」を使う
政治家本人や政策について調べるためのツール
「総理、きのう何してた?」を使う
【第6章】③政治とカネを調査するポイント・収入編
取材ポイント「収入」
1.赤字企業や公的金融支援を受けている企業による政治献金
2.特定寄付
3.反社や不正行為をした企業からの献金
4.個人献金などに仮装した企業献金
5.補助金を受け取っている企業からの献金
6.外国人、外国法人からの献金
7.業界団体との癒着をうかがわせる献金
8.献金側は記載しているのに、受け取った議員が記載していない
9. 迂回献金(トンネル献金)
10.ヒモ付き献金
11.公務員と献金
12.秘書給与の肩代わり
13.所得税の還付につながる議員自身の寄付
【第6章】④政治とカネを調査するポイント・支出編
取材ポイント「支出」
1.支出の種類
2.いわゆる「事務所費」問題とは
3.「事務所」の現状は要注意
4.領収書を使い回して「二重計上」
5.過大な経費や個人的な支出
6.人件費はブラックボックス
7.政治家本人への寄付・親族関係への支出
8.「選挙運動費用収支報告書」もチェックを
9.収支報告書の提出すらしていないケースも
10.訂正ラッシュを逃さずに
取材ポイント「制度の大穴」
政治団体は誰のものか
【第7章】①自動車事故を調べる
大事故には必ず「報告書」がある
自動車事故のオープンデータ
「信号機台帳」で赤か青か調べる
映像も入手できる
【第7章】②鉄道・船舶・航空機の事故を調べる
「運輸安全委員会」のサイトを使う
「船舶事故ハザードマップ」で過去の事故を調べる
「YAMAP」で山岳遭難事故を調べる
【第7章】③船舶のオープンデータ
「MarineTraffic」などで船舶や航路を調べる
「Equasis」で海運を調べる
「Global Fishing Watch」で漁船を調べる
「船舶登記」で船の持ち主を調べる
【第7章】④航空機のオープンデータ
「Flightradar24」などで航空機やルートを調べる
「AirNavRaderBox」だとこうなる
「FlightAware」は日本語表記にも対応
「Flightradar24」が載せなくなった情報とは
「JASearch」で民間航空機の情報を調べる
「航空機登録原簿」で航空機の持ち主を調べる
「LiveATC.net」で空港と航空機の通信を聞く
【第8章】①消されたサイトの情報を復活させる
「WARP」を使う
「Wayback Machine」を使う
「ウェブ魚拓」を使う
世界のウェブアーカイブあれこれ
文書共有サイトを使う
【第8章】②サイトの制作者などを調べる
「WHOIS」「aguse」でサイトの情報を調べる
サイトのCMSを調べる方法は
SNSの分析には「デジタル報道ハンドブック」を
【第9章】新しい時代の「アンケート」
アンケートのポイント
大規模アンケートを成功させるテクニック
成功法① 首長にお願い
成功法② 企業とコラボ
国の統計データを利用する
「オーダーメード集計」を使う
分析も効率的に
テキストマイニングツールを使う
コーディストを使う